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第九百九十話 噂の警護官 [文学譚]

 そう言われてみれば確かに変だ。小浜市長はあらためてそう思った。自分の警護官の中に変わった人物がいるとネット上で騒がれていることを、小浜は最近知った。若い事務官が教えてくれたのだ。

「市長、ご存知ですか? あなたの警護官の中に宇宙人が紛れ込んでいるのではないかという噂が飛び交っていますよ」

 聞いた当初はなにを馬鹿な、市民というものはときどきとんでもない噂を流して喜ぶものだなぁと思っていた。ところが宇宙人という言葉が引っかかって気にするともなく頭に残っていたのだろう。田舎町のイベントに列席したときに、それとはなく自分の警護官を注意して観察してみたのだ。いつもなら警護の人物を意識することはない。そんなことよりもっと大事なことを考えているか、移動中に睡眠を取るか、現地では地元の市民に意識を集中させているからだ。

 警護官は五人いる。全員髪を短く刈っていて、黒いスーツで背が高くがっしりとした体躯をしているという共通項のために、遠目からの後ろ姿では一見区別がつきにくい。彼らはたいていは私と同じ方向を向いていて、こちらに背を向けているのだ。私を見張っているわけではないので、当然そういう格好になる。警護という一連の動作の中でときどき横を向いたり、ぐるりと回ったりするときに一瞬だけ顔を確認できる。一人目は眉が太く大きな目をぎょろつかせているが、普通の人間に見える。二人目はつり目であまり人相がいいとは思えない。そう、ちょうど昔話題になったブリコ糊長事件のモンタージュ写真に似ている。だが、これも人間に違いない。三人目はいやに首が長く頭が小さいので一瞬宇宙人かと思ったが、よくみるとこれも普通の人間に見える。四人目はなんと黒人だった。自分の警護官に外人がいるなんてはじめて知ったということに驚いた。問題は五人目だった。

 その人物は後ろから見るとわかりにくいが、横から見ると、頭の付き方がなんだかおかしい。ちょうど四足の動物、たとえば猫なんかをむりやり二本足で立たせたときに、妙に首を前に突き出したような格好になるが、あれに似ている。しかも頭蓋骨の形もネアンデルタール人のようにへしゃげた感じで、首の動かし方はトカゲが注意深く周囲をうかがっているゆな、あるいは鶏がしょっちゅう首を動かしているあの感じなのだ。どうみても人間ではない……とか言い難いが、どことなく人間離れしている。隣で座っている事務補佐官にそれを言うと、「市長、そんな風に市民を外見だけで判断するようなことは慎んだ方がよろしいですぞ。市長は人種差別するような人物であると言われてしまいますぞ」と窘められた。

 こういうことは気になりだすと止まないものだ。私はずーっとこの男の様子をうかがい続けた。すると、さらに不思議な動きをしていることに気がついた。時折小さくぴょこんと飛びあがったり、口角がぐっと上がってまるで口が耳まで裂けたように見えたりするのだ。やはりこいつはおかしい。噂通り宇宙人なのかもしれないぞ。次第にそう確信するに至った。しかしこれまでこの男がなにか問題を起こしたとか、悪さを働いたとかいう話は一切ない。見た目が宇宙人みたいだからと、職をはく奪するわけにはいかない。それこそ差別になってしまうだろう。障害を持っている人物ならば警護に支障がないのかと問い直すことはできるかもしれないが、この男は体力的にも身体能力的にも警護官の職務を全うしてあまりあるに違ない。それに仮に彼が宇宙人だとしても、国籍や戸籍を所有している以上、国民であり市民であることに間違いはないのだ。

 それから一週間が過ぎ、一ケ月が過ぎ、半年が過ぎた頃、警護官のことをすっかり忘れてしまっていた。ネットの噂も影を潜めているようだ。だが、なにがきっかけになったのかわからないが、外出時にふとあのときのことを思い出して護衛官を探した。すると相変わらず首をひょこひょこ動かしているあの男を発見して、なんとなく懐かしいようなほっとするような気持ちになった。しかし男の隣に立っている別の警護官を見て驚いた。黒人だと思っていた男は、非常にゴリラに似ていた。あのときはそう思わなかったのに、いま見るとどこから見ても顔じゅう毛だらけのゴリラだ。さらにその隣の男は異様に頭の小さな生き物であり、ほかの二人も目が顔から飛び出るほどつり上がっていたり、顔いっぱいの巨大な目をぎろつかせている妖怪のような人物だった。なにかが起きているのか、あるいはほんとうは最初からそうだったのか、私はわけがわからなくなりながら、大勢の市民を前にして演説台に上った。

                                         了


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