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第九百三十九話 民族リセット [空想譚]

 気がつくとホールにいた。ほかにもたくさんの人々がいて、同じように並んだ会議用のデスクの一つに突っ伏していたり、スプリングのついた立派な椅子に背を沈 めて顔を天井に向けたまま眠っていたり、中には床の上に倒れこんで横になっている者もいるのだった。人間の種類はさまざまで、あたかも国際サミットかいぎ の途中で、何者かによって催眠ガスが投げ込まれて、全員が一瞬にして意識を失ったかのようだった。デスクの上には何種類もの書類があったが、読めるものは 少なかった。書かれている言語がわからないのだ。

 しばらくするとほかの者たちも目を覚ましはじめ、最初はどこにいるのかときょろきょろ周りを見回していたと思うと、席を離れて歩き回る者や、隣席の人間と顔を見合わせる者が出はじめた。隣で目を覚ました肌の色が浅黒い男が話しかけてきた。

「ここは、どこなんですか? 私はなぜここにいるのでしょうか?」

「それが私にもわからないんですよ、なにもかも」

 そう答えるほかなかった。知った風なことを言える情報もなければ、全想像力を稼働させてもなにひとつ考えつかなかったからだ。

「でもほら、ここにこんなに書類があるんですが、読めますか?」

 訊ねると、男ははっとしたように自分の手元の紙の束を調べて、ほとんど読めないと答え、いくつかは読めると差し出してきたものは、私も読めるものばかりだっ た。Somali civil warと表題のついたものはソマリア内戦への介入に関するもの、North Korean nuclearは北朝鮮の核問題に関して論じられたものだったが、いずれも専門的な用語が多くとにかくそうした解決すべき問題があるということだけはわ かった。となりの男もそれは理解できたようで、どうやらこれらが私たちに与えられた課題のようだなと笑いかけた。

 あちこちで私たちと同じような会話がされているらしく、やがてここにいるすべての人間がまったく同じ書類を手に共通の認識を持ちはじめていることがわかった。ホールのあちこちでそれぞれに交わされている会話を制する者が現れた。ホールの中央にいる黒い肌の男だった。

「みなさん、どうやら部屋の中央にいる私は、ここにいるみなさんの意見をまとめる役割であるらしい。ここにあるプレートにも議長と書いてあるからな」

 自分の使命を明らかにした上で、全員に共通している事態を確認し、これからどうするかという話をはじめた。

「私らに課せられた問題については、みなさんも理解したと思うが、残念ながら私にはここに書かれているソマリアがなんなのか、北朝鮮とはだれのことなのか、さっぱりわからないのだが・・・・・・」

 そこまでいうと、皆も静かに頷いた。

「それどころか、自分がエジプトに住むものであることは覚えているが、エジプト人であることにどういう意味があるのかわからないのだ。それにイスラム教とキリスト教、その他すべての宗教との違いがなにもわからなくなっていることにも気がついた」

 まっ たく同感だ。ついでに言うと、書類の中に散見される国境という言葉、民族という言葉についても、その意味するものがなんだったのかまるっきり欠落している ことに私は気がついている。恐らく我々人類はいま、重大な局面を迎えているのだ。何者か大きな存在の手によるシナリオの変更がなされているとしか思えない のだ。

                                                  了


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