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第九百三十八話 最高気温からの逃避 [空想譚]

 高速道路を降りると海岸線沿いの国道を北に向かった。法定速度は四十キロと書かれていたが、百キロ以上で飛ばしてきた癖が抜け切らずにおおかた八十キロを越える速度で走り続けた。他に走行する車もなく、貸切状態の道はどこまでも続いた。信号機はあったがいまはもう点灯することもなくその存在は打ち消されていた。道沿いの堤防が海の様子を隠し続けていたが、所々堤防の切れ目の向こうに見えるのは海ではなく砂浜であることから、海岸線がずっと後退していることが明らかだった。

 時折雨は降ったが、それはいままで経験したことがないような降り方だった。乾いた日が何日も続いたかと思うと、ある日突然滝のような集中豪雨が落ちてくる。安全な高台に避難していないと流されてしまう危険性をはらむ豪雨だ。しかし半日ほどで雨は途絶え、また長い乾期が訪れる。地球規模での異常気象によってこの地が熱帯性の気候に変わってしまったのだと思う。あれだけの雨が降っても、海がその水位を下げているというのは、それほどまでに環境のバランスが崩れてしまっているということにほかならない。

 人々はすでにどこかへ避難したのか、あるいは自分たちの住処で安全に過ごしているのかわからないが、とにかく人間の姿はひとりも見つけることができなかった。他人との接触を避け人里離れた山の中で隠遁生活をしていたおかげで、街でなにが起きたのか、この国がどうなってしまったのか、現状を見るほかに知ることができない。街で拾った新聞はおそらく一月以上も前のもので、過去最高の気温を伝えているものだった。それを最後に途絶えてしまった新聞、姿を見せない人々、ゴーストタウンとしか言いようのない街、そしてこの異常な暑さ。わかっているのはそのくらいだ。きっと北上すれば何かがわかるに違いない。高気温から逃れた人々が見つかるに違いない、そう考えて車を乗り換えながら北上を続けているのだが、陸続きでたどり着ける最北端がついに間近に迫っているようだ。車のダッシュボードの上にはどこかの店で手に入れた温度計が車内の温度を表示している。五十度近い数字。これは現実なのか。こんな気温の中で生きていられることが不思議だった。温度計が示す数字は日々大きな数字に変わっている。このままだと五十度を越えてさらに高温に変化していくことだろう。

 車窓に映る太陽は濃い目のサングラスを通してさえ異常にまぶしい。それどころか見慣れた太陽も日々大きさをましているように思える。いったいなにが起きているのか。これはこの国だけの問題ではないのか。放送もなく、インターネットすら使い物にならないいま、あらゆる情報からまるで孤立しているために自分の目で確かめられること以外はなにもわからない。

 北端の港で小さな船を見つけ、さらに北へ向おう。そうすればきっと誰かがいるはずだ。まだ希望は捨てていない。こんなことで人類が滅んでしまうはずがない。そう信じて弾けそうになるタイヤを騙しながらとろけゆくアスファルトの上を走り続けた。

                                              了


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