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第七百九十五話 失せもの [空想譚]

  どうしたことか、よくモノがなくなくなる。前に買った文庫 本が見つからない。いま聞きたいCDが行方知れず。ピアス片方なんて日常茶飯事。困るのは、出がけにポケットに入れたはずの鍵が見当たらないとき。何度家 人の帰りを玄関で待ったことか。驚くのはなくなるのが小物に限らないこと。お気に入りのジャケットが見つからない。去年買ったはずの帽子が行方知れず。小 さなものならどこかに入り込んでしまったのかなと思えるけど、服や帽子のような大きなものが、いったいどこに隠れてしまったのかと思う。

  きっと、家のどこかに違う次元につながるブラックホールみたいなものがあるに違いない。不思議の国のアリスが落ちた穴みたいなエアポケットがあるんだわ、 きっと。そんなおかしな妄想すら描いてしまう。何かの拍子に異次元への穴の中に私の大事なものが入ってしまう。だから、向こう側には私の宝物たちがどっさ り落ちているはず……ばっかみたい。そんなことがあるはずもない。でも、いったいどうしてモノがなくなってしまうのだろう。

  ついに、さら にびっくりするようなことが起きた。我が家の愛猫シマがいなくなってしまったのだ。ウチは一戸建てではなくマンションで、猫はベランダ以外、外には出たこ とがないし、出られないのに。いったいどこに隠れてしまたのだろう。シマ、シマ、と繰り返し呼びながら愛猫を探す。だいたい猫はとんでもないところに潜り 込んでいるものだ。押し入れの中、布団の中、ベッドの下、箪笥の上。そのうちみゃぁとかいいながらとぼけた顔して縞々の姿を見せるはずなのだが。シマ、シ マ、言いながら家中を探しているうちに、部屋の真ん中で違和感を感じた。段差があるわけでもないのに、なんか足ががくりとなってつまづいたような感じ。気 がつくと、周りには何も起きていない。

  隣の部屋からトラがみゃあと鳴きながら現れた。なぁんだ、どこにいたのよ。すり寄ってくるシマ。喉 をゴロゴロいわせながら足下に絡み付く。抱き上げようとしてかがむと、床の上に探していた鍵が落ちていた。あれ、こんなところに? さっきは何もなかった のに。シマを抱いてキッチンにいくと、テーブルの上に見当たらなカッラCDと文庫本が重なっている。旧に失せ物が一緒に出てくるなんて不思議。それからも 次々といろんなものが見つかった。ソファの上にジャケット、テレビの前に帽子、サイドテーブルのところにピアス、財布も、腕時計も、定期入れも、髪留め も、ずいぶん以前になくしたものがすごくわかりやすいところに置いてある。だれかがいたずらしているのかしら? 思ったけど、いま家の中には誰もいない。 家人は先週から出張しているし。

 ま、いっかと思って、出かける準備をする。今日は買い物に出かける予定なのだ。シマに「お留守番しててね」と話しかけると、シマは人間みたいに首を傾げる。靴を履いて玄関扉を開くと、扉の外には何もなかった。

                         了


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第六百七十三話 つぶやき [空想譚]

 

あかねさす 紫野行き 標野行き
        野守は見ずや 君が袖振る
 

 おやおや流石、額田王さま。なんとも浪曼てぃっくなことをつぶやかれたも

のですなぁ。やはり教養がお有りの姫君にとって、こうしたひょいと浮かぶ言

の葉さえも芸術的なものになるのですね。

 まぁ、そんな。私なぞ教養なんて持ち合わせておらぬものですから、頭に

浮かぶ言の葉たちをこうして記しているに過ぎませんの。どうかお世辞ばか

り言って私を甘やかせないでくださいまし。

 いえいえそんな、世辞だなんて。本当のことを申し上げたまで。しかし、昨

今は、このようなお遊びにて心のよりどころとなるものが発明されて、佳き哉、

佳き哉。さりとて、この三十一文字という文字数の制限は、いかがなものでしょ

うかな? 私はもっと書きとうございますが。

 あら、これは異なことを。三十一文字にすべての宇宙を凝縮するからこそ、美

しき言葉の結晶が織り成されるのではありませぬか?

 なるほど、確かに確かに。そうかもしれませぬが、三十一文字とは、どなた

がお決めになられたのやら。噂によりますれば、これがしすてむというものに

よって規定されているのではないかとも聞いておりまするが。

 ほほう。しすてむとな。それはどういうことなのじゃ?

 私が聞いておりまするのは、月が大地を巡る日にちやら、あるは人の手にあ

る指の数やら、さまざまな天然の理において、我らが耳にしてもっとも美しき

律が五と七であり、その組み合わせに於きますれば五七五七七というものが、

最も心地よいという、宇宙のしすてむなるものが存在するという。

 それはそれは、なにやら難しいものでおわすのぅ。わらわはそんなしすてむ

なるものより、心の声を聞いて歌を詠みたいぞよ。

 ははぁ、誠に。それでは私の方からも姫君の歌へのお返しをさせていただき

ますぞ。 「ぽぺぴぽぷぺぽぽ…………と、よし、これで、ピッ!」

 紫草(むらさき)の にほへる妹(いも)を 憎くあらば
        人妻ゆゑに われ恋ひめやも


 まぁ、大海人皇子さまも巧みなことでございますこと。私、惚れてまいますわ。
 

   ◆  ◆  ◆

 ふぅむ。かつては三十一文字で書かれたものが、後には百四十文字に増えた

と? ユーはそう考えておるのじゃな?

 プロフェッサー。そうです。これはひとえに電子端末技術の向上により、文字

数が増えたことによるのであると、私は確信しているのでございます。文字数が

増えたことによって、この歌詠みといいますか、つぶやき文学に参加する者の数

は爆発的に増えたのでありますが……。

 増えたのであるが? なんじゃな?

 数が増えるということは、有象無象が増えるということでして、美的クオリティ

はどんどん低下しているように見受けられます。まぁ、最も現存しているツィート

古文書かの推察にしか過ぎませんがね。結局、歌数にしましても、文字数にし

ましても、量と質といいますものは、常に相対するもので、やはりある程度精査

されたものこそ、つまりたとえば三十一文字に凝縮されたより古い過去の歌の

方が優れていたのではないかと、私はこう思っております。

 ふむふむ。よく考察したな。学生の中でもこの時代のつぶやき文学を研究し

ようなどというのは君くらいだからな。期待しているぞ、君の論文が出来上が

るのを。

 西暦一万年の彼方から見れば、四百年代も二千年代も、さほど年代の変わら

ない時代として比較研究の対象となるのである。

                                了


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第六百七十一話 惑星二ビル [空想譚]

 その名前を耳にしたのは、もう随分以前になる。テレビ番組で特集されてい

たのだが、太陽系には、水金地火木土天海冥という九つの内惑星の外側に、

もう一つ謎の惑星が存在するらしいという話だった。しかも、その十個目の惑

星は、九つの惑星が好転するような通常の起動ではなく、並外れた楕円形を

描いて太陽の周りを三千六百年周期で回っているという。そして、その惑星が

今年から来年にかけて太陽系の中心に戻ってきているというのだ。ただ戻って

くるだけならいいのだが、その起動を予測すると、地球めがけて、つまり接触

もしくは衝突する可能性を大いに秘めた状態で接近しているという。

 このような話は三十年前の1982年から噂されており、多くの科学者が謎の

解明に取り組んできたという。そしてなによりも恐怖を感じるのは、それらが公

式には発表されておらず、逆に公表しようとした科学者たちが相次いで頓死し

てしまっているという事実だ。なぜだかわからない。しかし、考えられるのは、

誰かが惑星の真実を隠蔽しようとしているのではないかという疑いだ。

 日本でも、私が見た番組などで紹介されていて、全国に恐怖を示したにも

かかわらず、その後、誰もこのことに触れようとしないし、第十惑星の恐怖は、

現在どこにも流布されていない。僅かにネット上で残存アーカイブとして残さ

れているだけだ。いったい、これはどういうことなのだろう。なぜ、隠蔽されな

ければならないのだろう。

 番組では2012年末には惑星が到着するようなことを行っていたのだが、

webで見つけた記事によると、2013年の二月末頃だという。どちらにしても

今からだともう三ヶ月あまりしかないわけだ。惑星が地球に衝突あるいは接

触した場合ですら、地球上の生命は概ね死滅してしまうだろう。僅かに地中

深く潜り込むことができたほんのひとにぎりの人類だけが、かろうじて生き延

びることができるかもしれない。つまり、いまこの時点で地下避難所を用意で

きていない私たちは、もれなく死滅してしまうしかないということになる。

 そんな人民に、真実が伝えられたとしたら? 予測されるのはパニック!

ただただ無意味に生命を乞い、世の最後を儚み、自暴自棄になって争い

を始めてしまう、そんな無力な人類が生まれるだけなのだ。だから世界中

の高官たちは情報を隠蔽しているのだ。日本の政治家たちが未来の日本

に対して無気力なのも、実はそのせいかもしれない。

 私はいま、このメディアを使って、読者のみなさんにこの事実をはっきりと

告示しようと思う。惑星の名前は二ビル。11月も終盤になった今、空を見上

げればそこに……ん、誰? 誰だ、そこにいるのは? 私に、私に何を……

…………………………………………………………………………

                               了 


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第六百七十話 逃避行 [空想譚]

 人間には、生命の危機に陥ったときに、精神の力によって瞬間移動(Jaunte)

ができる能力があるという設定。(SF小説家Alfred Bester)

なんだって? 小型爆弾を仕掛けた? いつの間に?」

 「ふっふっふ。お前を眠らせている間に、すべて綿密に行ったことだ。もうこ

れで、お前もこの秘密基地もろともオサラバだ」

「は、博士! あんたはスパイだったのか!」

「馬鹿なことをいうな。私はスパイなんかじゃない。私自身がお前が戦っている相手だったのだ」

「あ、あんたが黒幕だったのか! く、くそう!」

「私は、お前が持っている特殊能力、その危機の時に瞬間移動できるという

その力が欲しかったんだよ。おかげでな、大脳のある部位を改良することで

可能になるということがわかったよ」

「な、なんだって! そうかっ。俺をパワーアップしてやると言って眠らせてお

いて、その間に俺をモルモットにしていたんだな!」

「まぁ、そういうことだな」

「く、くそう!」

「そして、これが最後のテストだ。さぁ、ジョウントの力を使って、この危機 から逃げてみるんだな」

「うぅむぅ……ぐぐっ」

 危機に際して瞬間移動するためには、並々ならぬ精神力が要求される。ただ

通に念じただけでは、そう簡単にはジョウントできない。しかし、本当に生命

の危機が訪れたその瞬間、火事場の馬鹿力とでもいうのだろう か、急激に精

神が高まって、気がつけば瞬間移動しているのだ。少なく とも今まではそうだ

った。ジョウントに関して充分に熟練した俺ですら、そう容易にコントロールで

きるものではないのだ。

「ふっふっふ、さぁ、飛んでみるがいい。私はひとまずこの場から退散する」

 博士が去った後で、その時刻が迫ってきた。あと十秒、あと五秒……

「ふんむっ! ぬぬぅうぅぅぅぅぅぅ!」

 小型爆弾が炸裂する刹那、俺は今回も飛んだ。未知なる場所へ逃げ延びたと

思った。だが、何かがおかしい。体中の血流が静止しているのがわかった。……

しまった。どうやら小型爆弾は一年前に博士によって開発された俺の人造心臓

に取り付けられていたようだ……ぐふっ……。

 すでに数万キロ離れたところにあるはずの基地は爆発によって跡形もなく姿を

消していた。そこに取り残された機械仕掛けの心臓と共に。

                           了


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第六百六十三話 五分前仮説 [空想譚]

第六百六十三話 五分前仮説

 講義がはじまる前の教室は、哲学概論の講義を聴こうと集まった学生たち

の私語に満ちていてざわざわしていたが、教壇に立つ教授がマイクに向かっ

て口を開くと、しんと静まりかえった。倫理哲学の教授が言った。

「この世界は、今からほんの五分前に生まれました」

 壁時計は十時五分を示していた。

「みなさんは、そんなのおかしい、自分は一時間前に家を出て、五分前にはこ

の教室に入ったんだからと、そう言うかもしれませんね」

 いきなりはじまった不思議な話に、学生たちはみんな興味津々といった眼差

しで教壇に意識を集中していた。

「ですが、そうした記憶も、皆さんが過去に行ってきたと思っていることも、

この大学も教室も、すべてが五分前に一瞬にして生まれたとしたら……? こ

れは、バードランド・ラッセルという人が提唱した思考実験のひとつで、世界

五分前仮説と呼ばれているものです。世界は五分前に出来たのではない、過去

は存在するということを証明できない以上、この仮説は否定できないのです」

 どういうこと? よくわかんね。ええーっ、そうなの? ううーんと……

口々に疑問をつぶやく学生たち。教授が話をはじめてからおよそ五分が経過し

たことを、壁時計が示していた。教室はまだ学生たちのつぶやきでざわめいて

いたが、教壇に立つ教授がマイクに向かって口を開くと、しんと静まりかえっ

た。教授が言った。

「この世界は、今からほんの五分前に生まれました」

 壁時計は十時五分を示していた。

                          了


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第六百五十六話 識別 [空想譚]

 近所の公園を散歩していると、いつもたいてい誰かが愛犬を散歩させてい

る。時間帯によってはそういう人たちが何組もいて、公園はさながら愛犬サー

クルの集会のようになっている。なぜ集会にみえるのかというと、みんなが同

じ種類の犬を連れているからだ。

 最近よく見るのはミニチュアプードルという種類。ミルクチョコレート色が人気

のようで、同じ色をしたミニチュアプードルを連れた人達が一箇所に集まって

仲良くおしゃべりなどしている。

 同じ犬を飼っていても、飼い主は千差万別で、お洒落な人もいれば、そうで

もない人もいる。男も女も、年寄りも若いのも、みんなリードの先には同じ犬が

つながれているのだが、犬の方はといえば、私から見ればみんな同じに見え

る。同じ犬種、同じ色、似たようなサイズであれば、ほとんど見分けがつかな

いのだ。とくにこのミニチュアプードルやミニチュアダックスのような小型犬は。

 一度、テレビで実験をしているのを見たことがある。それは、同じ犬種の飼

い主を集めて、ドッグランに飼い犬を放してしまう。似たような犬が走りまわっ

ている中から、自分の飼い犬w探すことができるかというものだった。あのと

きは、そう、パグだったかな。みんなへチャゲたような顔をして、身体には模

様のないベージュ色の犬。こいつもみんな同じに見える。ところが、飼い主

はちゃんと自分の飼い犬を探し出すことができた。他人から見て似ていて

も、家族として育てている人には、違いがわかるんだろう。

 人間はどうなのだろうと思う。犬種が違えば識別できるように、人間でも

人種が違えば、もちろん識別できる。ところが、同じアジア人だとどうか。

アジア人同士ならわかるが、西洋人から見ると似て見えるのだろう。日本

人だけならどうか。外国人から見ればみんな同じに見えるに違いない。

 だが、同じ日本人同士で見れば、実際にはそっくりな人はそれほど見つ

からない。みんな個性的な顔や身体をしているように思うのだが。思うにこ

れは、様々な種族が雑種交配した結果だと思う。つまり、交配前の純血種

をたどれば、モンゴロイドの純血種、南方系の純血種、アイヌの純血種など、

血が混じらない単一の民族がたとすれば、それはもしかしたら、私にとって

のミニチュアプードルと同じように見分けがつかないのではないか。

 逆にいえば、よく似た顔の人は、元をたどればきっと同じ民族の血を引い

ているに違いない。こう考えて、私は長年、自分とよく似た顔の人を探し続

けてきた。似た感じの人間はたまに見つかる。だが、よく観察すると、決定

的に違うことがあるので、やはりその人は自分の種族の血が混じっている

のかもしれないが、やはり同じ血統とはいえないんだろうなとがっかりして

しまう。決定的な違いは、髪型で判断する。私に似た顔をしていても、頭髪

の生え際が顕にされていれば、ああ、違うなとわかる。なにしろ、生え際を

髪で隠していなければ、きっと人からは恐れられてしまうだろうから。

 もうお分かりかと思うが、私には頭髪の生え際あたりに一対の角がある。

小さな出っ張りではあるが、削ってもまた伸びてくる。これは私の血統を明

らかにする大きな特徴だ。だが、この特徴は日本古来の鬼伝説と符号し

てしまうがために、公にし難いと思っている。もし公にしたとすれば、もは

や私は、そして私と同じ特徴を備えた人間は、もはや人類ではないと阻害

されてしまうに違いないから。鬼族。そう呼ばれるに違いないから。

                          了


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第六百五十一話 未来からの警告 [空想譚]

 最初は迷惑メールかと思った。発信元が僕自身のアドレスだったからだ。な

りすましメールとか、そういう類いのいたずらメールだと思えた。しかし、日

付が奇妙なのだ。受け取ったのは昼間の12時10分なのだが、送信時刻は、ちょ

うど12時間後、つまり日付が変わった00時10分になっている。ということは

半日だけ未来から送られて来たということになる。タイトルを見た僕は、直感

的に、これはいたずらメールなどの類いではないなと思った。

FROM:僕自身への警告

待って! 削除しないで。スパムメールじゃないよ。大事な情報だから必ずチ

ェックするように! これは未来の僕自身からいまの僕自身への警告なんだ。

明日、君……つまり未来の僕から見れば過去の僕なんだけれども……に、大変な

ことが起きるんだ。何が起きるのかはわからない。なぜなら今の僕自身も、未

来の僕から警告を受けたわけだから。とにかく、明日、充分注意をして事故や

事件に巻き込まれないように注意をするように、昨日の僕にメールを送るよう

にという内容のメールなんだ。過去の僕にメールをする方法は、下に貼付けて

あるから、そこをクリックして、これと同じ内容を書き込むだけでいいそうだ。

どういうわけだか、メールは一日前にしか遅れないんだそうだ。だから、未来

の僕は一日前の僕にメールをして、さらにその一日前の僕にメールを送るよう

に指示して来たというわけらしい。僕自身も最初は信じられなかってけれども、

熟考した上で、過去の僕にこのメールを転送することに決めた。だから君も、

同じことをして、未来の僕が大変なことにならないように警告を伝えて欲しいん

だ。わかったかい? よろしく頼む。では。

僕は、このメール内容を見て、にわかには信じられなかったんだが、いずれにし

ても気味が悪い。いったい何が起きるというんだ。事故に? それとも事件に?

書いてきた本人、つまり未来の僕にも内容はわからないとある。明日、何が起き

るのだろう。僕は昨日の僕に同じメールで警告するべきなのだろうか? 僕はす

ぐには行動を起こす気にはなれなかった。明日になるまでには、もうすこし時間

がある。よく考えてみなければ。

 警告のことを頭にしっかりと刻み込んで、僕はいまやるべきこと、すなわち仕

事に戻った。それから夕方になるまで、このことをすっかり忘れていたんだが、

夜の11時を過ぎてからようやく思い出した。大変だ。警告メールのことを忘れて

いた。あれはほんとうに未来からの警告なんだろうか? いたずらじゃないのだ

ろうか。しかしメールを一本打つくらいなら、別に支障はないだろう。ほんとう

に信じるかどうかはさておき、とにかく昨日の僕にも知らせておくべきに違いな

い。もしも、ということもあるからな。

 僕は、昼間来た僕自身からと賞するメールにもう一度目を通し、もう一度よく

考えた上で、メールに貼付けられている過去に送ることができる方法が書かれて

いるURLをクリックした。そして、昼間着信した警告メールの内容をコピーして

過去の自分へのメールのところに貼付けて送信した。危なかった。もう少しで忘

れてしまうところだった。僕が過去の僕に警告を送らなかったせいで、未来の僕

に何かが起きては大変だ。真実なのだかどうだか、ほんとうのところは、なんだ

かよくわからないが、これで、僕の役割は終えたぞ。僕はもうこのことは忘れて

しまおうと思った。

 時刻は日付が変わった00時10分を過ぎていた。

                         了


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第六百四十九話 重力 [空想譚]

 洗面で顔を洗ったあと、洗顔後の化粧水を取り出すために、目の前にある鏡

のついた扉を開いた。うちの洗面はホテルのような仕様のシステム家具になっ

ていて、シンクのすぐ上に大きな鏡がついている。その後ろが物入れになって

いるのだ。この動作はいつもの動作なので、何も考えずに行う。すると、扉を開

けたとたん、何物かが頭の上から落ちてきた。もう少しで頭に直撃するところだ

ったが、寸前避けた。その物は、ためらうことなく陶製のシンクにカタン! と大

きな音を響かせて落ちた。そのあとからもうひとつ、小さな軽いものが音もなく

落ちた。な、なんだ? 何が落ちた? 見ると、棚のいちばん上に置いてあった

小物入れにしている蓋付のガラス小瓶。シンクの中でカンコロン! と転がって

排水口のところで止まった。そのあとから音もなく落ちてきたものは、いつかの

クリスマス時期に買った、赤い服を着たサンタオジサンの人形だった。

 な、なんなのだ。なぜ、こんなものが落ちてくる? 普段さわっていない棚で

あり、その棚の上でこれらのものが移動するわけもない。棚が傾いていたの

ならわかるが、調べても棚は水平だ。私は小瓶とサンタを元の位置に戻しな

がら、まったくもう、こんなものが落ちてきたのでは危ないではないかと独り言

を言った。

 こういうことって、ときどきあるんだ。平らなテーブルの上に置いた物……タ

オルとか本とかが、知らない間にパサっと床に落ちたり、床の上に転がってい

たボールが床は水平のはずなのに転がったり。いったいどうなっているのか。

私はそういう重力にまつわる少し不思議な体験を重ねた上で、結論づけして

いることがある。おそらく、どんなものでも止まっちゃいないってことだ。動かな

いはずのものでも、実は人にはわからないくらいの超微細な動きをしているの

に違いない。もちろんその速度は物によって差があって、数分で一ミリも動く

ものもあれば、百年経って一ミクロンしか動かないものもある。また、さまざま

な外的環境によっては急に動いたり動かなかったり。こういう理由がなけれ

ば、置いてあるものが勝手に動くわけがないのだ。なぜ動くのか? もちろん

それは地球の重力だ。垂直方面にしか作用しないと思われているが、実際

には水平方向にも微妙に影響しているのだと思う。だって、テーブルの上の

ものが水平に動いて、それから下に落ちる様子を想像すれば、どう考えても

重力が下方から手を伸ばして、ずるずるっとものを引き寄せて落としている

に違いないのだから。

 ここまで推測しながら、ふと思い当たることがあった。私はマンションの二

十階に住んでいるのだが、ときどき窓の外が気になることがあるんだ。窓

から覗く下界は、それは小さく見えていて、ミニチュア世界にしか思えない

ほどなのだけど、ついそのミニチュア世界に足を踏み出したくなる。眼下

の風景に魅入られて身を乗り出し、吸い込まれてしまいたい気持ちにな

るのだ。はっと思って身を引っ込めるのだが、もしかしたらあれも重力に

よる作用なのではないだろうか。たぶん、テーブルの上に置かれた物や、

棚の上のガラス小瓶も、自ら落ちたいと思って落ちたわけではなく、窓外

を眺める私自身のように、静かに吸い寄せられて、端っこに動いていき、

そして。今も片足を窓外から引き入れながら、私は重力というものの不思

議な魔力のことを思うのだ。

                                了


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第六百四十話 遠隔コントロール [空想譚]

 大きな開口部のある部屋のリビング。ミズルは窓際のワークデスクの前でPC

に向かってひとり言を言いながらマウスを動かしている。へへ、こないだはちょ

いと危険だったな。あんまり上手くやりすぎて、逮捕者続出だったものな。俺の

手管はパーフェクトだからさ、官憲の奴らには見破れないんだなぁ、困ったこと

に。見破られないのはいいけれども、それじゃぁつまらない。何が目的かって、

俺はやつらとぎりぎりのところで勝負がしたいっていうことなんだから。なんとか

いうんだよな、俺みたいなの。なんだっけ、ゆうかい犯? いや違う違う、ああ

そう愉快犯。愉快犯だなんて,愉快な名前をつけちゃってさ。その割には、無

作為に選び出したユーザーのパソコンに、特性ウイルスを注入して、それで

そいつのパソコンを遠隔操作していたなんてことが、奴らにはわかんなかっ

たんだもんな。わからんというよりも、知らなかったんだな、そういうの。

 あのままだったら、俺がしかけたユーザーはすべて逮捕されてしまって、そ

のままだったろうな。それじゃつまらない。俺は勝負がしたいんだから。まぁ、

第一弾としては、見破れなかったという時点で俺の完全勝利なんだけど、試

合はコールドゲームじゃぁつまんないし。だから俺は、自分の手管を明かして

やった。別のところにまた遠隔パソコンからメールしてな。それからが面白かっ

た。ようやく操作の矛先をハッカー業界に向けてきたから面白くなりそうだった

んだけれども、そうなりゃぁ今度はこっちが危ない。いや、もう少しで操作の手

が及ぶところだった。もう、同じやり方じゃぁまずいから、今はさらに手の込んだ

やり方にしてるんだよ。

 ふふ。これはまた操作陣は困るだろうな。何しろ今度は、俺が遠隔操作してい

るパソコンから、さらにもうひとつ別のパソコンを遠隔操作して悪戯してるんだか

らな。いやぁ、テク的にはもういっちょうパソコンをかませることだってできるんだ

けれど。今回は一つかましで充分かな。へへへ。また官憲の奴らはまごつくだろ

うなぁ。けっけっけ。おもしれー。けけけっけ。さぁ、今度は誰が捕まるのかな?

   ◆   ◆   ◆

「おい大丈夫か、ちょっとやり過ぎじゃないのか?」

「でもさ、このくらい遊んだ方が面白いし」

「で、どうなんだい? 奴はまだ気がついてない?」

「ああ、もちろん気づいてないさ。全部自分の力で、自分の意思でやってると

思ってる」

「しかしまぁ、俺たちもすごい技術を開発したもんだよな。ITと生理学の融合

だなんて。まさか、遠隔操作されてるなんて、誰も思わないよな」

「まぁ、パソコンの遠隔操作はこないだの事件で随分知れわたったけどね。

まさか遠隔操作で自分の頭脳が操られているだなんて、そりゃぁ誰も気が

つかないわなぁ。こんなシステムを考えついたやつぁ、天才だね」

「そうだろ? 俺、オレだよ俺」

「へへ、それだって俺のスキルあってのことだろ?」

「俺たちちゃ、天才!」

「天才人間ハッカーだ!」

 ハッハッハ! ハッハッハ!

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第六百二十話 コウラク [空想譚]

「ほら、見てご覧」

 教授の言葉に促されてクンツはモニターを覗き込んだ。モニターに映し出さ

れているのは、教授が研究している生物のネスト(巣)だ。生物環境学の専門

家である教授は、さまざまな生物が自然界で生存していく様子を研究するため

に、さまざまなところにリモートカメラを設置して観察しているのだ。地中に

棲む生物、海洋生物、宇宙生物、さまざまな場所に設置されたカメラは、実に

多様な生物たちをモニターしているのだが、大自然の中にはユニークな生物が

数多く生息している。中でも教授が大きな関心を寄せて研究に力を入れている

のが、いまモニターに映し出されているこの生物のコロニーだ。 彼らは小さな

家族単位で孤立して生活している者もいるが、大半は大きなムラを形成して集

団で生きている。いま、モニターに映し出されているのは後者なのだが、四角

いネストに生息している彼らは、毎日あちこちに移動して餌を探し歩いて生き

ているのだ。だが、ある一定の期間毎に、餌探しとは違う行動を取っているこ

とを教授は発見していた。

「ほら、このムラからたくさんの生物が移動しているが、見てご覧。南へ下る

集団、北へ向かう集団、東へ、西へと様々な方向に向かっている集団のどれも

これもが長い列を作って彼らのビークルに乗って移動している。これは、普段

獲物を探しに行く行動とは一線を画している。これはどうやら餌探しではない」

 見ると確かに、様々な方向に向かう生物が長い線を描くように連なって、の

ろのろと動いている。とても餌探しのような有益な行動とは思えない。

「教授、生物は皆、生存のために、すなわち食料を得るために行動しているの

では ないのですか? この長い行列は、何をしようとしているのですか?」

「うむ、ワシもこの行動パターンを発見したばかりで、これがどういう意味を

もった行動かまでは見いだしておらんのだ。だが、一見意味のないように見え

る行動も、生物にとっては何か深い意味を持っているはずなのだ」

「 で、これはなんという行動なのですか?」

「ふぅむ。彼らが発する声をモニターした中から拾ったのだが、たぶん彼らは

コウラクと呼んでいるようじゃ」

「コウラクですか」

「そうじゃ。たぶん、コウラクは何か精神的な営み、たとえば我々も有してお

る宗教かなにかと関連しているように思うのだが」

「宗教ですか……」

 ムラから続く長い行列は、朝からはじまり、ある場所に到達すると、そこで

狩りや農耕をするでもなくしばらく留まる。その後、夕刻から夜にかけてその

ままUターンするように元のムラに戻っていく。非生産的な行動だ。確かに何

か宗教のようなものかもしれない。行って変えるだけの行動は、我々が寺院に

祈りに出かける行動と似ているような気もするからだ。人類という生物の行動

は、我々神族とよく似ている、そこが面白いのだ。

                    了

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