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第九百四十六話 人生蝉しぐれ [文学譚]

 命は儚く、人生は夢のように短いとは、誰が言ったのかわからないけれども、近頃になってそうでもないような気がしている。赤ん坊だった頃のことは皆目おぼえていないけれども、幼かった頃、確かに一日は無限のごとく長いような気がした。まだまったく一人前ではない幼生の身体で、穴倉に閉じ込められたような生活がいったいいつまで続くのだろうか、大人になれる日はほんとうにくるのだろうかと、まるで永遠に子供であり続けるのではないかと思ったこともあった。夜明けから日暮れまで遊び戯れる時間は終わることがないのではないかと思えたし、こんな長い一日をなんど数えたらいいのかと心配にさえなった。

 しかしいま思えばあの子供のころの記憶はまるでトンネルの中で眠っていたかのように遥かな思い出にしか過ぎず、ほんとうにそんな永遠の時間を生きてきたのかと信じられないくらい薄れはじめている。そう、過去の記憶というものは鮮明いおぼえている部分もあるけれども、忘れ去ってしまった時間の方が圧倒的に多い。この失われた時間はほんとうに土の中で生きてきたのではないかと思えるほど闇の中でぼんやりと暮らした記憶に変わってしまっていて、自分でもそれがほんとうに生きた時間なのか、それともずっと眠っていたのではないか、あの日々は眠っている間に見ていた夢なのではないかなどと訝ってしまう。一方鮮明に覚えている記憶だけを集めてみると、さほど大量な時間にはならず、その結果、なんと短い人生なんだろうと勘違いしてしまいそうになるのだ。けれども、実際のところは長い長い時間を生きてきたはずなのだ。

 しかし比較的最近のこととなると話は違う。長い暗黒時代を乗り越えた後にようやく陽のあたる場所に出ることができたそのときから後のことはしっかりとおぼえている。ある時期に私は地上に這い上がってまさに一皮剥けて世間に声を発し続けた。それは周囲からは人生の終盤になって命のエキスをすべて吐き出そうとしているように見えたことだろう。この世に生を受けてはじめて表舞台に立つことができた喜びで私は歌い続け吠え続けた。しかしその華やかな人生は穴倉の生活に比べるとほんとうに短すぎる。あっという間に精魂尽き果てていま最後の時間を終えようとしているのだ。

 小さな頭脳を生涯の記憶が交錯する。そこではじめて長かった闇の時代を微かに思い出しては、そういえば長い時間を暗いところで過ごしてきたのだなぁと実感する。短か過ぎると思った人生は、陽の光の下の人生だけだ。その前にはうんと長い時間が流れていたことにようやく気付く。みんみんとまだ元気に歌い続けている仲間の声を聞きながら、あまりにも長かった私の人生が夏とともに終わろうとしているのだ。

                                                                                           了


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