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第九百四十五話 大阪のおばちゃん [文学譚]

「はい、四百十万円」

 俺は黙って金を払う。そういえば、このおばちゃんは前からこんなことを言ってたなぁ。急に昔のことが懐かしく思い出される。

 おばちゃんがやっているたばこ屋は、以前は駄菓子なども売っていて、俺たち近所のガキどもは格好の顧客だった。学校帰り毎日のように立ち寄っては長い時間をかけて菓子を物色し、その日のお楽しみを手に入れるのだ。お金を払う段になって決まっておばちゃんは大阪ならではの言い方をする。

 もはや全国的にも有名な話だが、大阪のおばちゃんはお金を請求するときにどんなものでも万円という言葉を付け足す。

 飴玉かい、ほな十万円。

 アイスキャンデイね、五十万円。

 チョコレートかえ? 贅沢やな、百万円。

 はじめて言われた東京人なんかはびっくりしてしまうかもしれないが、これが普通の言い方なのだ。馬鹿げているけれども、慣れてしまうとン万円と言われないと気持ちが悪くさえなってしまう。

 では本当に万単位の品物の場合はいったいなんと言うのだろう。百万円の車とか、セーブルの毛皮とか。百万万円とでも言うのだろうか。しかし心配には及ばない。このおばちゃんの店でそのような高額な品物を扱うことは金輪際ないのだから。

 ところが、ところがだ。おばちゃんもあんな年寄りになってしまってから困難にぶつかろうとは思ってもみなかったに違いない。長期に渡る経済低迷に続く円高とデフレ。そして二千十三年にはじまった新体制内閣が打ち出した経済対策か功を奏してすべての経済が正常化に向かうと考えられたが、どこをどう間違ったのか、円は急速に価値を下げ、あっという間に超インフレとなってしまった。こうなるとデノミ政策しかないのではというのが現状らしい。なんせいまや十円だったものが十万円、百円だったものが百万円、つまり一万円札は昔の一円の価値しかないという事態に陥ってしまったのだ。

「はい、ライター百万円」

 おばちゃんは昔と変わらぬ軽さでお金を要求する。そう、なにも変わっていないのだ。むしろおばちゃんは時代を先取りしていたと自慢に思っているのではないかと思えるほど自信満々のにこやかさで百万円と告げてくるのだ。「百万円でおま」

                                                了


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