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第九百四十三話 ねじれた噂 [文学譚]

 夏休みが開けて新学期がはじまるとすぐに妙な噂が流れはじめた。女子ばかりの高校だからか噂が広まるのは思いのほか早く、気づいたときには全校生ばかりか職員室の中にまで広まっていて知らないのは本人だけという恐ろしい状況になっていた。話を教えてくれたのは親友の恵子でもクラス委員の山本さんでもなく、密かに憧れている年若い担任教師だった。生徒指導室の重苦しい空気の中で教師が静かに息を吸い込んだあと校内に広がっている噂を知っているかと問うので、知らないと答えると夏休みの繁華街で中年男性と仲良さそうに腕を組んで歩いている君の姿を見かけた生徒がいるのだ、憶測が憶測を呼ぶというのだろうがよくない話として広まっているのだと告げ、まさか援交をしているのではないとは思うがというようなことを言った。援交という言葉に耳まで真っ赤になりながら断じてそのようなことはないと答えた真面目な女生徒の目を覗き込んだ教師は黙って大きく頷きながら信じるよと言った。気まずく長い数秒を数えた上で、誰かが見たのはきっとお父さんと歩いているところだったのだろうねという言葉に一瞬どう答えようかと迷ったが、私は教師の顔をまっすぐに見ながら静かに顎を引いた。すでにおかしなことになっている話をいっそう複雑にしたくないと思ったからだ。夏のあの日、母と一緒にショッピングを楽しんでいる姿を見られたに違いないとはとても言い出すことができなかったのだ。

                                                                            了


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