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第六百七十三話 つぶやき [空想譚]

 

あかねさす 紫野行き 標野行き
        野守は見ずや 君が袖振る
 

 おやおや流石、額田王さま。なんとも浪曼てぃっくなことをつぶやかれたも

のですなぁ。やはり教養がお有りの姫君にとって、こうしたひょいと浮かぶ言

の葉さえも芸術的なものになるのですね。

 まぁ、そんな。私なぞ教養なんて持ち合わせておらぬものですから、頭に

浮かぶ言の葉たちをこうして記しているに過ぎませんの。どうかお世辞ばか

り言って私を甘やかせないでくださいまし。

 いえいえそんな、世辞だなんて。本当のことを申し上げたまで。しかし、昨

今は、このようなお遊びにて心のよりどころとなるものが発明されて、佳き哉、

佳き哉。さりとて、この三十一文字という文字数の制限は、いかがなものでしょ

うかな? 私はもっと書きとうございますが。

 あら、これは異なことを。三十一文字にすべての宇宙を凝縮するからこそ、美

しき言葉の結晶が織り成されるのではありませぬか?

 なるほど、確かに確かに。そうかもしれませぬが、三十一文字とは、どなた

がお決めになられたのやら。噂によりますれば、これがしすてむというものに

よって規定されているのではないかとも聞いておりまするが。

 ほほう。しすてむとな。それはどういうことなのじゃ?

 私が聞いておりまするのは、月が大地を巡る日にちやら、あるは人の手にあ

る指の数やら、さまざまな天然の理において、我らが耳にしてもっとも美しき

律が五と七であり、その組み合わせに於きますれば五七五七七というものが、

最も心地よいという、宇宙のしすてむなるものが存在するという。

 それはそれは、なにやら難しいものでおわすのぅ。わらわはそんなしすてむ

なるものより、心の声を聞いて歌を詠みたいぞよ。

 ははぁ、誠に。それでは私の方からも姫君の歌へのお返しをさせていただき

ますぞ。 「ぽぺぴぽぷぺぽぽ…………と、よし、これで、ピッ!」

 紫草(むらさき)の にほへる妹(いも)を 憎くあらば
        人妻ゆゑに われ恋ひめやも


 まぁ、大海人皇子さまも巧みなことでございますこと。私、惚れてまいますわ。
 

   ◆  ◆  ◆

 ふぅむ。かつては三十一文字で書かれたものが、後には百四十文字に増えた

と? ユーはそう考えておるのじゃな?

 プロフェッサー。そうです。これはひとえに電子端末技術の向上により、文字

数が増えたことによるのであると、私は確信しているのでございます。文字数が

増えたことによって、この歌詠みといいますか、つぶやき文学に参加する者の数

は爆発的に増えたのでありますが……。

 増えたのであるが? なんじゃな?

 数が増えるということは、有象無象が増えるということでして、美的クオリティ

はどんどん低下しているように見受けられます。まぁ、最も現存しているツィート

古文書かの推察にしか過ぎませんがね。結局、歌数にしましても、文字数にし

ましても、量と質といいますものは、常に相対するもので、やはりある程度精査

されたものこそ、つまりたとえば三十一文字に凝縮されたより古い過去の歌の

方が優れていたのではないかと、私はこう思っております。

 ふむふむ。よく考察したな。学生の中でもこの時代のつぶやき文学を研究し

ようなどというのは君くらいだからな。期待しているぞ、君の論文が出来上が

るのを。

 西暦一万年の彼方から見れば、四百年代も二千年代も、さほど年代の変わら

ない時代として比較研究の対象となるのである。

                                了


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