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第三百七十四話 Double Life-1 視線。 [謎解譚]

 その女はモノクロ―ムでまとめられた商品陳列台の向こうに立って、並べられ

ているTシャツやブラウスの品定めをしていた。私はというと、同じ商品陳列台の

こちら側で、同じくそこに並べられた品々に目をやっているふりをして、彼女の姿

を凝視していた。

 私の職業はファッション関係でもなんでもないのだが、若いころから服飾が大

好きで、飲食よりも何よりも、衣服にかかる出費がいちばん多いという生き方を

選んできた。子供たちも成人式を終えたという年齢に達してもなお、ファッション

への渇望は抜け切れず、未だバーゲンの有無しにかかわらず、暇を見つけては

ブティックや百貨店に出かけて行く。

 この日は、勤めている会社を離れて、とある企業での打ち合わせがあったため、

その帰り道に通りかかる繁華街の一角にあるファッションビルに足が向いてしま

ったのだった。私はこのビルの一階に入っているスペイン初のカジュアルブラン

ドが最近の好みで、今回のバーゲンでは三度も四度も足を運んでいる。もともと

安価な価格設定であり、さらにそれがクリアランス価格になっているので、少々

購入しても財布への負担はそれほど重くはないのだ。

 こうした店を訪れる客は、特にバーゲン時期ならさまざまではあるが、おのずと

似通った好みを持つ者が集まってくる。ひと昔前のようにコム・デ・ギャルソンに

魅入られてカラスのような個性的な黒装束ばかりを身に着けるといったもので

はないにしろ、幅広いワードローブを持ちつつ、自分なりの個性を醸し出してい

るといった女性たちの人気を集めているのがこの店だ。とんがり過ぎず、頑張り

過ぎず、高過ぎず、中庸なセンスながらもそれなりの個性を光らせているこの店

に集まってくる客は、どこか同じ臭いを放つ。同好のサークルを共有しているか

のように、店の中で出会った知らない同士でも、声を掛け合えるような雰囲気が

あるのだ。

 私はその女をじっと見つめていた。決してとびきり美人というのではない。個性

的というか、古い言い草だが、コケティッシュという言葉が丁度いい。小柄で華奢

な肩の上に乗せられた小さな頭、ざっくりと後頭部で結ばれた髪、やや釣り上が

り加減に引かれた眉の下には黒目がちで聡明そうな眼孔が光っている。その姿

に、昔知っていた人の面影を感じた。だから思わず凝視してしまっていたのだっ

た。

 他人の空似とはよく言ったもので、確かに似ていると感じる。だが、双子のよう

に瓜二つというわけでもなく、別人であることは知っている。だが、よく似ているの

だ。驚きと懐かしさが鼓動を打ちながら私の視線を奪うのだ。もちろん赤の他人だ

し、知り合いですらないから、凝視することがどれほど失礼なことなのかもわかっ

ている。だから、それとなく、気づかれないようにしているが、それでも自然と目が

吸い寄せられてしまうのだ。

 見過ぎ。見過ぎている。そう思った時、彼女の目が私を見た。何?何よ?と言い

たげなその鋭い視線に、私は思わず目をそらす。不自然だ。だが、その沈黙のや

り取りが却って好奇心を湧き立たせる。また彼女を盗み見る。が、視線を戻した時

には彼女の姿は商品陳列台の向こうにはなかった。狙いをつけた雌鹿に隙を突か

れて逃げられたような感じ。ああーそれにしてもよく似ていたなぁ。

 私は手に持っていた店内商品をレジに持っていき、支払いを済ませて出口に向か

った。するするっと開く自動ドアを二~三歩踏み出したところで、不意打ちを食らった。

 「ちょっと!あなた。」

                                        続く


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