第三百七十八話 Double-Life-5 記憶。 [謎解譚]
同じ人間の皮をかぶっていても、その中に棲む精神によって、表情も佇まいも、
すべてが別の人間として存在する。
昔の友人と瓜二つだと思っていた亜希子は、実は昔の友人である洵子その人
であった。世の中にこんな不思議なことがあるとは、想像だに出来なかった。
警察で取り調べを受けた根室の話は、後日担当刑事が私に話してくれた。その
真相とは、かつて洵子に振られ続けていた根室はストーカーに変貌し、ついには
洵子を拉致軟禁するに至った。その折に部屋の中で男と女が格闘する場面にな
り、根室が洵子を突き飛ばした反動で洵子は頭を強く打って脳震盪を起こした。
病院に連れていく訳にもいかず、しばらく部屋に軟禁して看病を続けたという。
その結果打ちどころが悪かったのか、意識を飛ばすために用いたモルヒネの副
作用なのか、洵子は記憶喪失となった。一年ほど一緒に暮らしていたが、やが
て洵子は別人の名前・・・亜希子を名乗り始め、根室の家を出て行ったという。
その後、晴れて洵子・・・亜希子の恋人の座を獲得した根室は、恋人として彼女
を見守り続けてきたのだという。ところが今回、私との再会によって二人だけの
秘密が危うくなりそうだと思った根室は再び亜希子を拉致軟禁。その際に使っ
たモルヒネが昔の記憶を呼び覚ます結果につながったという。
「澄子。私はいまだに信じられないでいるの。私が亜希子って人間になり切っ
て生きていただなんて。でもよくぞ私を見つけてくれたわね。さすが澄子だわ。
ありおがとう、本当に感謝するわ。」
「だってあなたに瓜二つだと思ったんだもの。でも不思議ね。瓜二つだとは思
ったけれど、まさか当の本人だったとは、気付かなかったわ。だって、それほど
別人だったもの。人間って面白い生き物ね。心のあり方ひとつで誰にでもなれ
るってことよね。」
まるでミステリーのような展開が自分のこんなに身近なところで起きるなんて。
しかも失ったと思っていた友情が再び帰ってきてくれるとは。洵子はどう思って
いるのかまだ聞いていないが、言ってみれば亜希子として生きた十年は、洵子
にとっては失われた十年。まだ若かったころの洵子が眠り、眼を覚ました時には
十歳も歳をとってしまっているということは、これからの彼女の人生にどのような
影を落とすことになるのだろうか。私はそれが少し心配の種なのだ。
了
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