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第九百四十九話 面倒臭い話 [日常譚]

 土曜の朝、先に目が覚めた俺が二人分の朝食を作リ終えた頃、いいタイミングで妻が起きてきた。寝ざめのよくない妻はおはようも言わない。それはいつものことだ。妻はすぐに食卓にはつかず、洗顔をしながら洗濯機を回し、身の回りを整えた。あ~あ、目玉焼きが冷めるんだけどなぁ。思うが余計なことは言わない。

 ようやく食卓の椅子に座ろうとした妻が言った。

「もう! いまから食事っていうのに、こういうのを片づけないあなたがわからないわ!」

トースターに入れた朝食パンの包み紙が、食卓の上に放り出したままになっていたのだ。だってそれは……妻はよくパンを残すので、残った場合にまた包まなきゃあと思って置いたままにしていたのだが、そんなことはどうでもいい。だけど、気持ちよく食事をしたいのに、のっけから文句を言われるのは気分が悪い。

「そんなこと……そう思うんだったら、気がついた君が片づければいいじゃないか」

 しまったと思った。これで喧嘩にでもなればまだいいのだが、たいてい妻は黙りこんでしまうのだ。自分が思ったことは口に出して人にダメだしをするくせに、人から指摘されるともう駄目だ。俺がごめんとでもいえばよかったのだが、反論したことに、それも割合正当な反論をされたことにカチンとくるらしい。これはもう毎度のことなのでいまさらどうしようもないが、今回はもっと攻めてみようととっさに考えた。

「ほーら、また黙り込んでしまう。そういうのが一番いけないんだぞ。腹が立つならそうだと口にすればいい。話をしなけりゃなにもはじまらない」

 俺がなにかを言えば言うほど妻はかたくなになって顔をそむけてしまう。

「だからさ、そういうのがダメだっていつも言ってるんだよ、ほんとバカみたいに」

 バカと言う言葉に反応した。

「バカ? なによバカって。どういうことよ」

「……バカみたいにって言ったんじゃないか」

「いーや、バカって言ったわ。なんだと思っているの。バカなんて言われて黙ってられないわ」

「ちょっとちょっと、そういう低次元なことで喧嘩はよそうよ」

「低次元?」

 妻はそれを最後にまた口を閉ざした。たいていは俺が言った言葉に過剰反応して怒る。その言葉は悪意を持って言った言葉じゃない。素直じゃないなとか、もっと勉強すればとか、良かれと思って言った言葉に腹を立てることが三分の一。残りはおよそ想像もつかないことを勝手に思い違いして怒る。たとえば壊れた機械に向かって「どうなってんだ?」と言ってしまったとき、それが自分に向けられたものと思われた。アカをバカと聞きちがえたり、聞き違いをキチガイと思いこんだり、アベノミクスを阿倍野神輿と聞きちがえたり。それでなんで怒るんだと思うまったくわけのわからない場合もあるのだ。

 いったいどうなってるんだ。どういう性格なんだ。こういうの、ほんと最低だと思うよ。喧嘩するのはいいと思うんだ。でも普通はあんたのここがいや、ここがダメと言いあって、ときには物を投げつけて、それで終わり、翌朝にはけろっと仲直りってのが夫婦ってもんじゃぁないの? うちの場合は違うな。こうなったら最後、最低でも一週間、へたすりゃ一カ月も口をきかなくなる。そりゃぁあんた、夫が折れて謝らなきゃ。そういうかもしれないけれど、話しかけても返事もしないんだから。取りつく島もないってやつ。

 特に盆正月みたいに長い時間一緒にいて、なにかを楽しんだ後にこうなることが多い。ふた月に一回、下手すればひと月に一回、こんなことになる。で、一週間からひと月口を利かないんだから・・・・・・こりゃもうほとんど黙りこくってることになるな。一年三百六十五日そのうち三百三十日くらいはこんな冷戦状態なんじゃないかな。結婚してもう十年になるけど、最初からこんな感じだったから……ということはつまり仲良くしてるのは一年のうちひと月分くらい。それが十年だから十カ月、三百日ほどになるな。

 今度こんなことになったら俺は断固言ってやる。もうこんなことは疲れる。面倒くさい。金輪際お断りだと。

 先週そう決意したばかりなのに。また今回もそこまで言えずにひたすら我慢してしまうんだなぁ、これが。

                                                了


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