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第八百二十九話 デジャビュっぽい [日常譚]

 若い頃には、よくデジャビュというものを経験した。デジャビュとはいまさら説明もいらないと思うけれども、あれ? 「いま起きたことと同じことが前にもあったぞ」とか「いま話したのと同じことを同じ場所で話したぞ」みたいな、日本語で言うと既視感というものだ。それはなんとも不思議な感覚で、まるで自分が未知の領域にいるのではないだろうかなんて思ってしまったものだ。しかし最近そういうデジャビュ体験がまったくといっていいほどなくなってしまった。それは年齢を重ねてしまったせいだろうか。加齢によってそういうものを感じる感性が磨り減ってしまっているからだろうか。それとも単に過去のことを忘れてしまっているからだろうか。過去の体験を忘れているならば、当然同じことが起きても前と同じことがなんてことは起こりえない。忘れているのだからね。まさか自分がそこまで惚けてしまっているとは思わないが。

 ところで、最近の自分自身になんだか何ともいえない違和感を感じたりするのだ。たとえば……若い頃には、よくデジャビュというものを経験した。デジャビュとは「いま起きたことと同じことが前にもあったぞ」とか「いま話したのと同じことを同じ場所で話したぞ」みたいな、既視感というものだ。それはなんとも不思議な、まるで自分が未知の領域にいるような感覚だ。しかし最近そういうデジャビュがなくなってしまった。齢のせいだろうか。感性が磨り減ってしまったのだろうか。まさか過去のことを忘れてしまっているから同じ体験をしてもわからないなんてことはあるまいが。私はそこまで惚けていないぞ。

 いろいろ考えていると、なんか違和感が生じることがある。それは昔よくデジャビュというものを経験したような。いま話したのと同じことを言ったような、なんともいえない不思議な感覚。しかし最近は歳のせいか、そういう既視感がなくなってしまった。齢のせいかと思うのは、物忘れが増えているような気がするからだが、まさか自分がそこまで惚けているとは思えない。

 ところで最近、若い頃の自分とはちょっと違ってきているような、デジャビュみたいな……。

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第八百十九話 ローカル中継 [日常譚]

 本日未明、関西方面で発生した地震は、震度六を示していましたが、幸いいまのところの被害報告は最小限に留まっているようです。現地と電話でつながっていますので、お話をうかがってみましょう。地元市役所の大坂さん、なにか被害は出ていますでしょうか?

「あ、もしもし。えー、聞こえますか? 地元市役所庶民課の大坂です。はい? なんでっか? ああ、被害ね。ええ、まぁ、今のところは大きな被害は報告されておりまへんな」

 そうですか、で、大坂さんも揺れは感じられたのですか? どういう状況だったのでしょう?

「ええ、ええ、もちろん、揺れました。私も家で寝てたんですわ。なんや揺れたような気がしてパッと目が覚めましたわ。ほんで慌てて置きましてん。布団の上でおったらなんやゆーらゆーらしとるから、ああ、こらあかん、地震や! 思て飛び起きましたがな。ほんでな、そや、わしは庶民課やさかいに、役所へ行っていろいろ対処せんならんな思て慌ててここへ来たっちゅうわけですわ」

 そうですか。たいへんでしたね。それで街の様子はどうでしたか?

「そうでんな。ここに来るまで、特には変わった様子もおまへんでしたけど、十件ほど入った電話では、家の塀が倒れたとか、壁にヒビが入ったとか、案外小さな被害はあるようですわ」

 人には被害はなかったのでしょうかねぇ?

「はぁ、そうでんなぁ。ああ、そうそう、ひとり、なんや揺れてるときに足下がふらついてこけて怪我したっちゅう女性と、家の中で慌てふためいているときに柱に頭をぶつけたっちゅう老婦人が一名、今のところ怪我したという報告はそんなもんですわ」

 ははぁ、そうでっか……いや、あの、そうですか。それでは余震もあることでしょうから引き続きご注意して対処に取り組んでください。

「ああ、おおきに。東京もまたいつ地震来るやわからんから気ぃつけなはれや」

 ええ、毎度おおきに。関西地元の様子をお届けしました。ほんだら、次のニュース行きまひょか……。

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第八百十一話 春のあらし [日常譚]

 二月、三月頃に春一番という名の強い風が吹くと少しづつ暖かくなってくるというが、今年は四月に入ってからも強い風が何度も吹いている。東京あたりではまるで台風のような凄まじい風が吹いたというが、私が住んでいるあたりでは週末になって強風が出た。

 土曜日は一日中雨で、翌日曜日の午後になってようやく晴れ間が見えたので、私は妻を伴って愛犬の散歩に出向いた。まさかそんな強風だとは思っていなかったので、いつもの散歩の出で立ちで川向こうまで一通り歩いて帰り道。それまでも風は強めで「今日は案外寒いね」などと言い合っていたのだが、大通りまで出たところで、いきなり突風が吹いた。風を予測していなかった私は、愛用の中折れ帽をかぶっていたのだが、それが突風に煽られて私の頭から浮き上がったと思うと、道路に転がり落ちた。中折れ帽のつばがちょうど車輪の役割を果たしてどんどん道を転がっていく。それほど高価な帽子ではないのだが、愛着はある。私は「あっ!」と声を上げて転がる帽子を追いかけた。妻も後ろで地面を蹴った気配があった。十数メートル転がって車道から歩道に戻ってから帽子は停止した。

 私はほっとして帽子を拾い上げて埃を払い、しっかりと頭に乗せながら妻を振り返った。だが私の背後に妻はいなかった。駆け出す前のあたりに眼をやってもいない。どうしたことかと思いながら視線を上げると、雲が去った空の彼方に人型の小さなシルエット。犬を連れた妻が突風に飛ばされ、その姿が小さくなっていくところだった。

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第八百話 ロコモ [日常譚]

「あいたたた」

 若い頃は足も早かったし、少々の運動は苦にもならないタイプだったのに……いつの頃からか、すっかり身体を動かさなくなった。そのせいなのかどうかはわからないが、おそらく運動不足がたたって、身体のあちこちが不平不満を訴えるようになったのは、数年前だ。いまだってベッドから起き上がろうとしただけで、腰のあたりに痛みが走ったのだ。

「こりゃいかん。腰を言わしてしもうたら、何もできなくなってしまう」

 何かと用心深い王爺さんはすぐに医者に見てもらった。

「ふんふん、まぁ、加齢と運動不足によるものですな。年をとれば仕方がないものです。だけども中には動けなくなってしまう人もいますからな、充分用心して、適度の運動をするようん」

「で、先生、これは病気なんですか?」

「いやまぁ、言いましたように、病気っちゅうか、加齢によるものでした……」

「でも、ある種の病気なんでしょうが」

「病気だと言ってほしいのかな?」

「その、なんか病名がないと、なんとなく頼りなくて……」

「まぁ、名前をつけるなら、ロコモーティブ・シンドローム予備軍かな」

「ロコモーティブしんど……」

「そう、ロコモーティブ」

 帰り道々、爺さんはロコモーティブという言葉を反芻しているうちに、とても懐かしい気持ちになった。そうか、ロコモーティブか。わしはロコモーティブ・シンドなんとかじゃ。ゆっくり歩いて家の前までたどり着いた時には、軽く踊りながら歩いていた。まるで若い頃よく踊っていたあのツイストのステップのように。もちろん、頭の中で流れているのは、そして軽く口ずさんでいるのは、若かりし六十年代のあのヒット曲だ。

 爺さん、腰が悪かったのも忘れて扉の前で踊りだす。

♫カモン・ベイビー・ドゥー・ザ・ロコモーション!

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第七百八十七話 膝上天国 [日常譚]

 私が床に座っていると、必ず膝の上にやって来る。頭だけを乗せるときもあれば、からだ全体を委ねてくるこ とだって。重いっていってどかせることもあるけれども、たいていはかわいそうだからそのまま膝の上で迎えてやる。まぁ、可愛いと思えば少々の重さなんかど うってことないもの。
 困るのは、テーブルで書き物なんかしているときに膝の上に飛び乗ってこられること。字を書くのは腕から先だからよさ そうなものだけれども、それだってやっぱり下半身ともつながっているわけだから、ちょいと方を動かすのにも膝の上に乗られていると、少々動かしにくいの だ。でも私が動けば膝の上も居心地が悪くなって離れてしまうから、できるだけ我慢うるようにしている。
 要は基本的に甘えん坊なのだ。甘え ん坊のくせに時折噛み付いてくるのがしゃくに触る。甘えてくるのは許せるとして、「腹が減った、飯はまだか」とか、「ちょっとなんで動くんだ、ぬくぬくし ているのに」とか言って怒るのはあまりにも自分勝手だと思う。そうした自分本意なことで噛み付くくせに、別のときには膝の上に顔を乗せたまま、首をのばし てきて、さすれという。首筋を優しくさすってもらうのが好きなのだ。そんなときはいい加減にしろ! 言いたくもなるのだが、やっぱり可愛さに負けてしまっ て、書き物の手を止めて首筋をさすってしまうのだ。
 ほんとうに同居人というものは厄介なものだ。これが犬や猫ならまあ人にも言えるのだけれども、立派なおっさんが膝の上に乗ってくるというのも、私個人としてはもう慣れっこだけれども、そんなこと誰にも言えないのがちょっとねぇ……。
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第七百八十三話 罹病 [日常譚]

 まさか自分がこんな病気になるとは思ってもみなかった。
 医者にかかっているわけではないのだけれども、ネットで調べてみてすぐにこれは病気だとわかった。自分の身体のことは自分が一番よくわかっているつもりだ。咳が止まらないわけでも、出血しているわけでもないが、これはもう間違いなく病気だ。
 父は十三年前に腹部動脈瘤破裂で亡くなった。その以前からあちこち悪く、肝臓癌だったり、脳梗塞だったりが心配されていたのだが、最後の最後に意外な部分が唐突に悪化してそうなった。肝臓も動脈瘤も、おおむね食生活や経年によるものだから、私にも起こりうるけれども遺伝するようなものではない。しかし癌は……母は三年前に肺癌で亡くなった。煙草など吸ったこともないのに肺癌で。私は少々喫煙する。その上癌には遺伝性があるという。だから、もしかしたら私にも癌が出来るかもしれないという危惧は持っていた。
 だが、癌に罹るより先に、別の病気になってしまうとは。
 手が震える。居てもたってもいられなくなる。これはある種の前触れだ。いや、発作なのかもしれない。この前兆がはじまると、もはや自分の意思ではなく、身体が勝手に動いて手元のスマートフォンに手を伸ばす。そうして虚ろな意識のままでブラウザを立ち上げて、めぼしいサイトを次々と巡っていく。とくに目的などないのに、ふらふらとあっちを見たりこっちを眺めたり。少しでも琴線に触れるものを見つけると、食い入るようにブラウザに現れているその記事を隅から隅まで舐めるように見て、ついには四角いあるいは丸いボタンにカーソルを併せて押してしまう。これでまた三千円。その前には千九百八十円。
 毎回、ボタンを押したモノの金額は知れているが、ちりも積もればなんとやらで、月末にはきっととんでもない請求額が提示される。
 もうこれは病気だ。四六時中スマホを見ずにはいられないという、端末中毒。そして、常に何かを買い続けるという買い物中毒。ダブルの病を背負って、さらに次の合併症が私に襲いかかって、きっと私はそのうち死んでしまうだろう。私に死をもたらす三つ目の病は……金欠病だ。
                                        了
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第七百四十一話 鬼は外 [日常譚]

 昨日は節分。我が家では毎年豆まきをして厄払いをするのだが。今年はどう

いうわけか、会社でも一日遅れの厄払いをしようということになって、あらか

じめ手に入れておいた豆を升に入れて社員に配られた。

「こんな時代だ。我が社でも豆をまいて役を払おうではないか。昨日、私は厄

払い神社でお参りをしてきたから、一日遅れだが皆に配った豆をまいて、厄を

払ってください」

 社長の挨拶の後、みなで一斉に声を上げながら豆をまいた。

 「鬼はー外! 福はぁうち! 鬼はぁー外!」

 全員っ目をまきはじめると、どうしたわけか社長の姿が消えた。さらに豆を

まくと、取締役、部長、課長と、一人ずつ姿を消していく。気がつくと、社内

には誰一人いなくなっていた。社内で豆をまいていたはずの社員全員が社屋の

外に出てしまっていて誰一人として社内に戻るための扉を開くことができなく

なっているのだった。

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第七百三十二話 ある寒波の朝に [日常譚]

 昨夜のニュースでは最低気温だった昨日に比べて、今日は暖かくなると確か

言っていた。なのに、今朝目覚めると、空気そのものが冷たく、この冬いちばん

の寒さを感じた。最近は皮下脂肪が増えたせいか、あまり寒さを感じたことのな

い私なのだが、今朝は珍しく「寒っ!」と声を上げてしまったほどだ。こんなに寒

いとベッドから出る気になれない。そういえば子供の頃の私はひどく寒がりで、

前の晩から布団の中に衣服を持ち込んで眠り、朝になると布団の中に潜り込ん

だままで下着を替え、洋服を切るという怠惰な身支度をしていた。だって寒いん

だもの。

 さすがに大人になったいまはそんなことはしないけれども、しかし今朝はベッド

の中で着替えをしたい気分だ。半身を起こして首を伸ばし、マンションの窓から外

を眺めてみる。雪でも降っているのではないかと思ったのだが、窓から見える空

は青く、天気は良さそうだった。冬場は天気がよいとかえって寒いと聞いたことが

あるが、そういうことなのだろう。

 それにしても静かだ。普段なら表通りを走る車の音とか、道行く人のざわめきが

伝わってくるものなのに、しんとしてなにひとつ物音がしない。外側にむき出しに

なった廊下にやって来る鳩の声さえしない。これはいったいどうしたことなのだろ

う。私は毛布をかぶった浮浪者のような姿でのろのろとベッドを抜け出し、窓の方

へ向かった。ここはマンションの十階なので、窓からはひと通りの世間が見渡せる。

上から街を覗き込んで驚いた。一面氷の世界のようだ。いや、氷で閉ざされている

というようなSF的なことが起きているのではない。たしかに路面は凍っているよう

にも見えるが、それは近づいてみないとわからない。とにかく路上に車は何台もい

るが、どれもこれも停止している。歩道には人がいて、歩いている格好のまま凍り

ついている。まるで、液体窒素をぶっかけられて、一瞬にして凍りついたみたいに。

むかし見た怪獣映画でそういうのがあった。南極からやってきたペギラとかいう名

の怪獣が口から冷気を吐き出すと、すべてが凍りついてしまうという話だった。

 まさか、こんなことがありうるのだろうか。そう思いながらテレビをつけると、砂嵐

状態で、どの局もなにも放送されていない。世界は凍りついてしまったのか。これ

では当然会社も稼働していないはずだ。こんな恐ろしい状況の中で会社のことを

心配している自分が滑稽に思えた。まさか、これで会社に言ってたら笑われるよ

ね。笑われる? いったい誰に? 世の中はすべて凍りついているというのに。

もしかしたら、凍りついていないのは、私だけかもしれないのに。

 私は恐ろしくなって、もう一度ベッドの中に潜り込んだ。暖かい毛布と羽毛布団

に包まれてぬくぬくしながら、頭の中だけは妙にクールだ。会社は休みだ。世界は

凍りついている……。

 そっと目を開いて思った。……そんなことになっていればいいのに。会社休めるし。

                                了


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弟七百十話 参りました [日常譚]

 大晦日に紅白歌合戦を見てから、除夜の鐘を聞きながら初詣に出かける人が

多いようで、この神社でも元旦早々からお参りをする人は多い。だいたいみん

な毎年同じ神社を詣でることが慣習になってるからか、同じ顔ぶれと出会うこ

とが多いのだ。見渡せば、知ってる顔が……。

 おお、いたいた。明けましておめでとうございます。いやいや、いつ見ても

恰幅よくて、裕福そうですねえ、大黒様は。ええ? ああそうですか。今年は

その小槌を振って景気をよくしてくれると? お願いしますよ。はい、三月に

は合衆国がヤバいっていう噂もあるんでねぇ、大判振る舞いでお願いしますね。

 あ、そちらは……いいんですか、神殿になぞ来てて。まぁ、その昔は神仏合体

なんていう宗教もあったようですけど、ご本尊までそんなことでいいんですか、

お釈迦様。なんです? ああ、やっぱりお正月にはお宮参りをしておかないとで

すって? そうですか、まぁ、普段はいつもお寺にいらっしゃるからたまには違

う空気を吸いたいんですね。そうでしょうね、ええ、ええ。

 まぁ、ようこそ、こんな遠いところまで。外国の方にはお正月なんてないです

ものね、クリスマスにメリークリスマス&ハッピーニューイヤーですものね。あ、

そうですか。新年は暇だから? そうでしょうね、いやいや遠慮なされずに、ど

うぞゆっくりお参りくださいな、キリスト様。わかります? お参りの仕方。ま

ず、二礼一拍ですよ。ああ、毎年参っているからわかってるって? こりゃあ失礼

いたしました。

 なんだ、仏様や神様が知り合いだなんてお前は誰かって? いやいや、私はそん

な名乗るほどの者でもありませんから……まぁ、いいじゃありませんか、そんなこ

と。嘘つき? 何が。そんな有名人馬鹿裏と知り合いなはずがないって? そうで

すか。おかしいですか。私が彼らと友人だったらおかしいっていうのですか。まぁ

別にそう思われていてもいいですけど。だからお前は誰かって? そんなことどう

でも……馬鹿馬鹿しい。どうして私があなたに名乗らなきゃぁいけないんですか。

まぁ、いいか。知らないと思いますけど、私は弁天財っていいますけどね、数少な

い友人たちと、年に一度ここで出会えるんですよ。まぁ、あなたに言う必要もない

ですけどね、そういうあなたはどなた? ま、どうでもいいですけど。顔の広い私

でも知らないなぁ、あなたのことは。どちらの神様でしたっけ……。

                           了

 


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第七百三話 仕事納め [日常譚]

 年の瀬というものはおかしなものである。いつもと何ら変わりのない一日で

あるのに、まもなく暦が一枚ペラリとめくられるというだけで、みんな一様に慌

ただしい様子を見せ、ばたばたと身の回りを片付けはじめる。

 今年の仕事もいよいよ今日が仕事納めという最終日になると、きれいに片

付いたオフィスの中、夕刻が近づく頃には宴会がはじまる。普段なら、まだ五

時にもならない時刻に酒など飲んでいると叱責をうけてしまうのに、この日だ

けは許されるのだ。こんなことはうちの会社だけなのかと思っていたら、よそ

でも同じ様なことになっているらしい。もっとも納日は社によっては違うようだ

が。うちの会社は平均的な二十八日が最終日。ビールが入った紙コップを持

った社員がフロアをウロウロしはじめる。

「いやぁ、今年ももう終わりましたな」

「終わりましたね。いろいろありがとございました」

 決まりきった会話があちこちで交わされはじめる。私も紙コップを持ち、ス

ルメを噛み締めながら社内を徘徊する。と、窓際でひときわ世話になった直

属の上司が隣の島の同僚と紙コップを傾けている。私はふらりと彼らにも一

言挨拶しておこうと思い、近づいていった。

「どうも、もう、いい感じですか?」

「やぁ、お疲れさん、まぁ、一杯」

「いえいえ、もう、ここに随分入っています。ちょっと一言と思いまして」

 この上司はこの一年、散々私を苦しめてきた。コンプライアンスだとか利益

のためだとか言って、会社の都合ばかり言ってくる。会社の方針としては、人

こそが社の財産だなどときれいなことを掲げているくせに、実際のところは現

場の人間のことよりも、組織の存続の方が優先されるのだ。それは当たり前

だろう、会社が崩壊すれば社員だってもろともなのだから、人はそういうかも

しれない。だが、人の心が掌握されていない社会など、いくら会社が存続して

いたとしても死に体同然なのだと私は思う。この上司は、組織のために、とい

うよりは、組織の中で自分の地位を確保するために汗を流す輩だ。そのため

に部下を使い、無理難題も平気で押し付けてくる。我が部では、すでに何人

かの部員が辞職していった。部員が辞職するというのは上長の責任だろうと

思うのだが、結果、彼らは自己都合で辞めていった不届きものだという烙印

を押されて消えていった。組織というものは、常に強者の味方なのだ。

「ほんとうに、いろいろ、とりわけ、さまざまに、思いのほか、お世話になり、

誠にありがとうございました」

「おやおや、これはまた丁寧な挨拶だな。どうかしたのか?」

「いえいえ、ほんとうに長らくお世話になりました」

「なんだかそれ、辞めていくような挨拶じゃないか、あっはっは」

「と、とんでもない。辞めるなんて。そんなことはないですよ。辞めはしませ

んが……」

 私は言葉を濁して最後の方は心の中でつぶやた。

”辞めたりなどするものか。そんなことより、お前らみんな道連れだ。今のう

ちに年の瀬の開放感を存分に味わっておけばいい。あと十分しかないがな。”

 私はちらりと腕時計を見ながら思った。この席のデスクの下に仕掛けた爆弾

が火を吹くまでにあと十分。ほんとうに、いろいろな意味でここには世話になっ

た。だが、これで永遠に終わりだ。あと十分で私もようやく苦しみから解放され

るのだ。

 いっひっひっひ。私はほくそ笑みながら、彼らに背中を向けた。

                                  了


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