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第六百四十一話 予知 [可笑譚]

 明日、自分がどうなっているのか知りたいと思う。だれだってそうだろう?

いま懸命に続けている努力は報われるのだろうか。自分はいつかもっと幸せ

になれるのだろうか。そんな不安を抱えながら、人は皆生きている。だけど、

ほんとうに未来が知りたいか? あなたは何年には死んでいる。そんなこと

を知らされたら、もう、生きる気力も失ってしまうのではないか。

 自分の未来に気づいてしまった私は、すっかり生きる気力を失ってしまった。

昨日まであれほど前向きに生きてきたのに、どんなに努力を重ねたところで、

行き着くところは同じなのだと知ってしまったいま、私はもはや鬱状態を通り

越して、もうどうにでもなってしまえという自暴自棄な人間になってしまった。

朝から出社も拒否して家の中で暴れまくっていた私は、妻に促されて診療

内科の扉を開いた。私のこの病は、医者に看てもらってもどうしようもない

と知りながら。

 老医師は真っ暗な顔をして黙って座っている私の顔を見ながら、何を悩

んでいるのか話してみなさいと言った。私は話しても無駄です、信じてもら

えないと思うしと答えたが、それでは診察のしようもない。どんな話でも信

じる努力をするから、話してみなさい、そう促されて私は不承不承頭の中

に張り付いている自分の未来にまつわる話を語った。老医師は黙って聞

いていたが、私がすべての話を終えて、大きなため息を吐き出すのを待っ

てから口を開いた。

「そうかね、あなたは自分の未来を知ってしまったというわけですな。ふぅむ。

それはほんとうに確かなのかね? もしそれがほんとうなら、私はどうなる?

私は今年七十歳になるが、あなたはまだ六十歳にもなっていないじゃない

ですか。あなたの話通りだとすると、私はもっと早い時点で……」

 老医師は言葉を詰まらせた。なんだ、この爺さん、医者のくせに今まで知ら

なかったのか? 私は少しばかり驚いた。老医師は、言葉を詰まらせたあと、

私に対してどのような処置をしたものか考えているのだと言い訳をしたが、

ほんとうは事実を知って愕然としているのに違いない。私が掴んだ事実を公

にすれば、きっと世の中は騒然となることだろう。しかし、そんなことは……世

の中のほかの連中など、どうでもいい。私は自分のことだけで精一杯なのだ。

 ああ、いったいどうしたらいいのだ? 私は、私は、おそらくあと三十年くらい

しか生きられないという事実に気づいてしまったいま、もはや死ぬまでしか生き

られないかもしれないのだ……。

                                 了

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第六百三十話 女子かい? [可笑譚]

 友人のユミコから同窓女子会の話を聞いたので、私も行ってみることにした。

いままで誘われたこともなかったので、はじめての参加なのだが、みんな学生

時代の気のおけない友人だからとても楽しみで、いそいそと出かけた。会場は

カジュアルなイタリアンバル。私が席に着いたときには、もうみんな集まってい

て十人くらいがワイワイはじめていた。

 卒業してからもう十数年が過ぎるけど、みんなほとんど変わっていない。少し

目尻のシワが増えたかなと思える女子が何人かいたけれども、それは私だって

人のことは言えないし。ユミコをはじめ、個々にはときどき会うこともあるのだけ

れども半分くらいは卒業以来の再会じゃないかな。昔の仲間って、なんだか落ち

着く。久々に集まると、まずは近況報告ということになるけれども、五人はもう結

婚していて子供もいるという。子供が小さいから来れなかった人も何人かいる。

結婚もせずに働いている私としては、羨ましいような、そうじゃないような。やっ

ぱり私は自由気ままな暮らしの方が好きだから。

 主には席の近い者同士で近況報告が終わると、今度はダイエットやおしゃれ

の話がテーブルに載せられる。最近体重が気になっているとか、食事ダイエット

を実践している子の話とか、ファッションに関してはやっぱりどの店で買うか、バ

ーゲンはどうだったか、今日のアクセサリーはいくらしたか、みたいなたわいのな

い話であるが、そのうち急に健康の話になった。マユミが自分の体調不良の話を

したからだ。

「最近さぁ、不順なんだよね」

 マユミは独身派だ。

「私、ちょっと早いけど、更年期がはじまったのかも」

「それはないんじゃない? まぁ、早い人もいるらしいけど、それにしても」

「マユミはさぁ、あれじゃない? セックスレス」

「ええー! 確かにこのところオトコがいないんだけど……」

「あれってさ、ご無沙汰しすぎると、ホルモンバランスがおかしくなってくる

らしいよ」

「あ、女性ホルモンは重要だよ! エストロゲンが減っちゃうとさぁ、ほら、

女性にもアンドロゲンって男性ホルモンが最初からあるんだけれど、それ

の割合いが増えちゃうから、いろんなことが起きちゃうよ。急に老けたり、

髭が生えてきたり、そうそう、更年期傷害もその一つだよ」

 そういうことの知識は少々持っているだけに、思わず口を挟んでしまった。

するとみんなが一斉に私の方を見た。さぁ、その話ならなんでも聞いてよ!

というつもりで私はみんなににっこりと笑いかけたんだけど。

「ねぇ、なんであんたがいるのよ」

 幹事役のクミコが口を開いた。

「え? 私……」

「誰が呼んだの? 誰か招待した?」

「あ、ワタシが言ったかも」

 ユミコが申し訳なさそうに言った。

「そっか、ユミコは仲よかったものね。ううん、別にいいんだけど……幹事と

しては、一応声かけて欲しかったなって」

 私は急に居心地が悪くなって言った。

「ねぇ、まずかったかしら? あたしはのけもの?」

「ううん、だからぁ、別に私はいいんだけどね、一応これって普通の同窓会じ

ゃなくって女子会だし……」

「やっぱり?」

「そうねぇ、まぁ、みんながいいっていうなら別にいいけど、ビミョーな話とかも

するじゃない、私たち」

「いまのみたいな?」

「まぁねー。でもあんた、しばらく見ないうちに随分かわったのね。いまのいまま

で私あんたがいるのに気がつかなかったもの」

「ほんとほんと。私も誰だっけって思いながら喋ってた」

「そうかなぁ、私、自分ではそんなに変わってないと思うんだけど

「誰がいちばん変わったかって……」 

 クミコの言葉に続いてみんなが口を揃えて言った。

「あなたがいちばん変わったわ、太郎君!」

                                   了

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第六百二十七話 ドット病の彼女 [可笑譚]

 衣替えをしていると、昨年買ったドットのコートが出てきた。ああ、これこ

れ、去年流行ってて買ったんだった。可愛いんだよね。私は一旦好きにな

ったら凝ってしまう方なので、去年ドット柄にはまったといには、いろいろな

アイテムを購入したのだ。

 紺地に白い水玉が入ったスカーフを皮切りに、黒地に白ドットのスカート、

ージュ地に紺ドットのパンツ、黒地にベージュドットのスパッツ、黒地に白

ドットのブラウス、そしてこのベージュに白ドットのコート。上から下まで全部

ドット柄でまとめてしまいたいくらい好きだったのだが、それをすると、パジャ

マか道化師のようになってしまう。ドット柄は目立つので、どれかワンアイテ

ムしか使えないのだネックだ。ただ、このコートなら、インナーにドットを入れ

てなおかつドットコートを羽織るという技が可能なのだった。昨年はほんと、

ドットにはまったなぁ。一種の病気だな、これは。ドット病。病名まで思いつい

てしまうと、思わずおかしくなって、うふふと一人で笑ってしまった。

 早速、発掘したコートを着て歩いていると、向こうから友人の女の子が歩い

てきた。ここ数日めっきり秋らしくなったとは言え、日中はまだ暖かかったりす

るので、彼女は軽装だった。ベージュの長袖カットソーの上にTシャツの重ね

着という感じ。

「こんにちは」

「あら、こんにちは! あ、可愛いコート!」

「うん、衣替えしてたら出てきたから・・・・・・」

「ああ、もう、そんな季節ね。それにしても可愛いドット柄!」

「去年は流行ったけど、今年はどうなのかしらね?」

「あら、今年も引き続きだと思うよ。っていうか、ドット柄はテッパンだよね」

 そう言って微笑む彼女もドット柄を身に着けている。白いTシャツの中に着

ているカットソーは、ベージュ地にピンクのドットだ。

「あなたのカットソーも可愛いドットじゃない?」

「え? 私? 私はドット柄のを持ってないの」

「でもほら、そのカットソー」

 よく見ると、彼女はカットソーなんて着ていない。

「えーっと、その腕の柄はぁ……」

「え? 腕?」

 言いながら自分の腕に目をやった彼女の顔色が変わった。

「え! え? な、何これ? なんなのー!」

 両手で腕を抱え込むようにして摩る彼女。掌が腕を押す度に、ピンクのドッ

トが白くなったり、濃くなったりしている。

「じ、じんましんかしら……それとも、何か変な病気かしら?私、今朝からなん

だか身体が熱いと思ってたのよね……。びょ、病院に行くわ、今から」

 身体の変異に気づいた彼女は、急に病人のような表情になって、ふらふらと

歩き去った。ドット病って……本当にあったんだ……。

                                   了


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第六百七話 愛翻五 [可笑譚]

 あいやぁ。世の中、偉いことがあるもんだなやぁ。行列ができているあるも

んなぁ、発売日に。何にって、ほらあの、電話だよ、電話。電話を買うのに行

列ができるか、普通? なんだか知らねーけど、随分おかしな時代だと思うよ、

この世の中は。……って喜んでる場合じゃないあるなぁ。

 わしだって売っているのだ。いま流行の電話っちゅうやつを。それもさ、一

番売れているタイプのばあじょんをな。アメリカのなんとかいう、そうそうい

まは亡きスティーブっちゅう男がつくった電話が世界中でえらい売れたっちゅ

うことでな、わしは注目しておったんじゃが、そのうち韓国でも同じようなん

を作ったら、それも売れてるっちゅうじゃないかいな。それでもってどっちも

が毎年毎年新しいのんにあっぷぐれいどするもんだから、消費者もほっときゃ

あいいのに、同じようなもんをまた買い直して、えらい金持ちが多いもんやな、

日本っちゅうとこは。

 そいでもってそのアメリカの林檎マークがついた電話、去年、最高皮質まで

高まって、その次どないしよるんやろ思たら、今年もまた新しいのを出すっち

ゅうことで、だいぶん早い時点から噂になっとった。わしはそこに目ぇつけた

で。噂になっとるそれを、先に作ったらええのんや。あのデザインはいままで

売れて来たんと似てるけど、またちっと違うし、中身も進化しとるっちゅうけ

ど、まぁ、そんなもんはいままでのんをちょっとよくしただけやろうし。

 わし、考えたで。こんなもん、早いもん勝ちや。元のデザインとは似てるけ

どちょっと違うのんを、先に作ってしもたらええんやろ。中身はそりゃぁ、う

ち若い技術者に作らせたらええあるわ。カメラも、パソコンも、電話も、ええ

見本になるのんがごろごろしとるで。日本の技術もすごいけど、最近は韓国の

技術もたいしたもんやからな、そっからちょっとずついただいたらええあるね

ん。そうやって、わしはつくったで、アメリカのんが出るひと月前にな。

 コンセプトはやなぁ、板やな、板。わしらが子供の頃、厚紙に絵描いて、テ

レビにしたり、鉄砲にしたり、本にしたりして遊んだがな。荒れと同じように

な、ひとつの板が、カメラになったり、ノートになったり、スケッチブックに

なったり、パソコンになったりするんやで。そうそう、電話もできるんや。す

ごいやろ? これ、絶対売れると思うた。なにより、アメリカの似たようなん

より先に出すんやからな。みんな飛びつきよる思た。

 せやけど、あかんな。ウチはお金がないあるよ。宣伝するお金が。宣伝でき

なかったから、誰も知りよらへんねん、ウチの優れた品物の名前を。名前はな、

オリジナリティ溢れる名前にしたった。愛翻五いうあるよ。読み方はな、あい

ほんごやないか。ええ名前やろ?これは売れる思たのに、宣伝してないから売

れよらへん。そうこうしているうちに、アメリカのんが、大げさに発表して、

ばんばん宣伝入れてきよった。えらいもんやで。それであの行列あるよ。発売

当日にもう二百万台かしらん、売れたいうとったで。すごいなぁ。

 そやけど、わし、腹立つで。わしのんが先に出したんや。同じようなデザイ

ンや。できることも同じようなもんや。これ、パクリちゃうか。わしが先に出

したんやから、わしのがオリジナルやろ? それ、真似されたんや。アメリカ

に。どないしてくれるあるか。わし、絶対訴えろ思てるあるがな。パクられて

黙ってたらあかんやろ? そう思うやろ? 早いもん勝ちや。訴えなあかん、

負けてられへん。え? 何? 理屈がおかしいって? そんなことないあるよ。

わしらは賢いあるがな。あんな低俗な国に負けてられへんあるよ。おかしいも

へったくれもあるないあるよ。いつ訴えたろか、あるよ。

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第六百四話 お笑いスーパーポッドキャスト! [可笑譚]

こんにちは、ミズモです。
こんにちはぁ、ワラです。
スーパーヒー・ローズ!
この番組は、素人のくせに何やってんだ? 馬鹿じゃないの? という目に耐
えながらも、面白いことをやりたいというコンセプトで配信していますー!
いやいやいや、前回はえらいメール読んでしもうたなぁ。
えらいメールって? 何かあったっけ?
何かあったやないでぇミズモ君。おっかしな投稿メールやったん覚えてない
の?
ああ、あれ? 何かあの、お笑いは笑い固有の領土やないでぇ、っちゅう。
そうそう。あれ、最初はお笑いってええやんとか書いてたから、ええ調子で
読みはじめてしもたけど、途中からなんか、お笑いって笑いさえ取れたらそ
れでええのんか? みたいなわけのわからんこと言い出して・・・・・・
そんならワラが止めてくれたらよかったのに。俺、読みはじめたら止まらへ
んし。
そやろ? 俺かて聞きはじめたら止まらへんし。
で、どうなった?
どうなったって、ミズモ君、君が最後まで読んでしもたんやがな。
ああーーーそうやったかなぁ?
そうでしょ? あれ、なんやきっついで。笑いさえ取れたらええんかっていわ
れてもなぁ。
俺らはその笑い取るのにいっぱいいっぱいやのに。
そうやんか、俺らは笑いとるのんだけでいっぱいいっぱい・・・・・・アカンがな。
そんなことではあかん。笑いも取れて、なおかつやなぁ。
笑いも取れてなおかつ? ・・・・・・なぁ、なおカツって、それ旨いんか?
そりゃぁお前、なおカツっちゅたらな、ほら、まい泉っちゅう有名なカツの店あ
るやろ? 
ああ、なんか聞いたことあるなぁ。
そのまい泉よりも旨いのがなおカツって・・・・・ちゃうがな!
ほんで何?
笑いが取れてなおかつ、カツサンドも旨い。
おお!
 ・・・・・・ちゃうがな! もう、わからんようになってきた。・・・・・・あ、そや
笑いも取れてぇ、なおかつ皆が幸せにならなあかんと。
ほぉ。お前いつからそんなんなったん?
俺? 俺昔からこんなんやで。それに、俺が言うてるんちゃうし。あのメール
やし。
あ、ああ、あのメール。それで? 
笑いだけ取れてもあかん。その笑いが人々の気持ちを和らげてな、幸せな
気持ちにならなあかん。
それで、世界中が幸せに平和にならなあかん! そない書いとったわ。
なんや、ミズモ君、ちゃんと覚えてるやんか。
それで?
それでて、もう忘れたんか?
そうや。忘れた。世界中が平和にならなあかん!! とこしか知らんねん。
・・・・・・まぁええわ。そやからな、世界中が幸せに平和になるためには、俺
らの笑いが俺らだけのもんやったらあかんって言いよんねん。
ああ、なるほど。それで、笑いは笑い固有の領土やないって?
そういうことなんかなぁ。よぉわからんけど。
なぁ、なんや表が騒がしいことないか?
えらいこっちゃ。笑いを主張する奴らが千人も集まってきてるらしいで。
ど、どないする?
どないするって、あいつら鎮めなあかんなぁ。
鎮めるっていうても、暴徒やろ? 俺らが鎮められてしまうで。
何言うてんねん。俺らはスーパーヒー・ローズやで。
だからなんや。
けじめつけなあかんやろ。俺らの話でみんなが騒いでるんやろ?
そうかなぁ・・・・・・そんで?
それで・・・・・・俺ら、もっと飛べるはずやで。
飛べるってお前・・・・・・まさか。
まさかってなんや。
飛びます飛びますって大先輩のギャグを・・・・・・
あほか。そんなことせえへんわ。
ああ、よかった。ギャグでも飛ばすんかとおもた。 
まぁ、ギャグも飛ばすけどな、俺らスーパーヒー・ローズは、もっとすごいと
こに飛ばなあかんのとちゃうか?
すごいとこに飛ぶ?
そうや。あのメールの通りや。俺らは笑いで世界中を幸せに平和にせなあかん
ねん。
そうかぁ、笑いでブッ飛ぶっちゅうことやな。 
そうや。スーパーっちゅうことは、空も飛べるんやで。
と、飛べる? ほんまか! 
ほんまや。知らんかったんか。
嘘やぁ~そんなん、空なんか飛べるわけ・・・・・・
シュボッツ!
あ、ワラさん・・・・・・なんで一人で、そんな・・・・・・ほな俺も。
シュボッツ!
お笑いの二人、どっかへ飛んで行った。
                                了

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第五百九十一話 アイドルオタクの罠 [可笑譚]

 そもそも可愛いものが好きなんだ、ほんとうは。だけど、男が可愛いものが

好きだなんて、ちょっと恥ずかしいから、可愛いものたちに囲まれている女子

が好きになった。その最たるモノが、アニメのフィギュアであり、アイドルグル

ープなんだ。フィギュアは購入すれば完全に自分のモノにはなるんだけれど

も、動かないし話さないし、なにより人に知れたらオタクっぽくみえるでしょ。

そういう意味では生身の人間であり、男としては女の子が好きなのは当たり

前であるのだから、どうしても女子アイドルに向かってしまうのだ。それって

別に悪いことではないでしょ?

 で、ぼくが今大好きなのは、あの国民的アイドルAKB48に続いて生まれ

たNSN48、そう、NiShiNari48なんだ。そ、西成のアイドル。あの労働者イ

メージが強い我が町に、こんなアイドルがいたなんて。それだけでもワクワ

クするじゃない? もっとも全員がこの町の人ってことでもないんだろうけれ

ど、とにかく美女48人が我が町に関係しているってだけでもワクワクするじゃ

ない。

 ステージの上で、全員が布を多用したひらひらの衣装を揺らしながら、腰を

動かし手を振り回し、軽快にステップを踏んで歌い踊るあの勇姿は、もう可愛

い過ぎてドキドキが胸から飛び出しそうになる。テレビの前で一緒に踊り出し

たくなるのだけれども、さすがにブサイクな僕がそんなことをしているところを

誰かに見られたら恥ずかしすぎて死んでしまうから、それはしないが、頭の中

ではぼくも一緒に歌って踊っているんだ。

 年に一度の総選挙の時には、全財産を投げ打って、CD百枚を買って、中に

入っている投票券にはすべて大好きなあっちゃんの名前を書いて投票したりし

てるんだ。それほどの熱狂ファンがここにいるってことを、NSNの彼女たちにも

知ってもらいたいんだ。町を歩いてて目についたポスターやチラシ、グッズ、ど

んなものでもまずはチェックして、チェックしたらとにかくゲットする。売り物では

ないポスターなんかでも、お店の人に頼み込んで頂戴するんだ。そりゃぁそうで

しょ、そこまで好きなんだから。

 お、何だ? どうして? あんなところに。どういうわけだか、道の真ん中に、

NSNのCDが落ちているではないか。誰かが落としたのか? もったいない、

というか、ダメじゃないか、こんな大切なものを落としたりしては。もう持ってる

CDの色地がバージョンのだ。ああー欲しかったけど、我慢してた奴だ。あれ、

拾ったら、届けなきゃだめかしらん? いやいや、CDくらい、もらっちゃっても

いいだろう、ね? ね? うん、もらっちゃおう。誰も見てないな? 誰もいない

な? いいかい、拾うよ、もらうよ。僕は誰もいないのを確かめてから、歩道の

真ん中に落ちているNSN48のCDに近づいて、拾い上げた。

バタン!

 なんだ? 何が起きた? なんだか傘のようなものが覆いかぶさってきて、

僕は籠のようなモノの中に閉じ込められた。外で声がする。

「おおい、また罠に引っかかったぞ。結構大きいぞ。アイドルオタクってみん

なバカだな。こんな単純な罠に引っかかるんだから。これで何匹目だ? 今

週は大漁じゃないか。さてと、こいつはどう料理するかな、今日は」

 僕は捕まってしまったらしい。アイドル仕掛け人の罠に。

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第五百九十話 アイドルグループの系譜 [可笑譚]

 どういうわけか、気がついたらアイドルオタクになっていた。アイドルとい

っても、昔からいるピンのアイドル歌手に対してではなく、今や国民的グル

ープとまでいわれているあのグループに負けじと打ち出されたAKO47に

対してだ。偽物? バッタもん? 何を失礼な。確かに最初はあの有名グ

ループの登場がきっかけだったかもしれないけれど、本当はこっちが本家

本元だ。昔からわが町を代表する町民的アイドルグループなんだ。AKOと

は、なんの略かって? 見ればわかるじゃないか。AKOじゃぁないか、赤穂

47! こんな田舎町に、こんなに素敵なグループがあっただなんて、みん

な昔から知っていたのに、気がつかなかった。今では漁師のおっちゃんしか

いないのではないかというイメージのこの海辺の町にも、立派なアイドルが

いたんだということを、どうして今まで気がつかなかったのだろう。しかもひと

りじゃない、四十七人もいるのに。

 男性グループだというのがネックだったのかな。AKBも、SKEも、SDNも、

NMBも、敵はみんな女子ばっかりだからなぁ。だが、こっちは美男揃いだ。

そろそろ男のグループが注目されてもいいんじゃないか。それにこっちは

三百年もの歴史があるぜぇ。毎年年の暮れだけは注目され続けてきたん

だし。そうだ、もうわかっただろう、赤穂の四十七人といえば・・・・・・ひとつ

だけ問題は、本人たちはもう、死んでしまっているということなんだがな。

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第五百八十三話 アレルギー体質 [可笑譚]

 今年に入ってから、どうも身体の具合がよろしくない。何がよろしくないっ

て、いたるところが痒い。一ヶ所痒みが出ると、つい掻いてしまう。すると、

かゆみはさらに大きく膨れ上がって、皮膚のその部分が大きく赤く晴れ上

がっていく。それだけではない。他の部分まで痒いと感じだし、気がつけば、

体中を掻きむしっているのだ。薬局でかゆみ止めを手に入れて塗ると、少

し治まって、忘れることができれば、いつの間にかひいている。要は、痒い

からといって掻くと、いっそう悪化するのだ。

 さらに別の症状もある。鼻炎だ。これは昔から持病のように持っていて、

まだ花粉症は発症していないものの、気温の変化やちょっと埃っぽかった

りすると、鼻がむずむずしだして、くしゃみや鼻水が止まらなくなるのだ。こ

れもマスクをしてみたり、体温調整を上手くできれば回避できる。

 もっと困るのが、体調全体が思わしくなくなること。どんよりしてやる気が

失せ、ちょっとしたうつ状態になってしまう。こればかりはいかんともしがた

く回避する方法がわからない。楽しいことを考えたり、面白いテレビを見よ

うとするが、意識が集中しないのだ。このままではよろしくない、そう考え

た私は、とりあえず内科診療所の扉を開けてみた。

 一通りの内診を行なった老医師は、アレルギーテストをしてみようといっ

た。少なくとも、痒みや鼻炎はアレルギーに間違いないというのだ。であれ

ば、何が原因なのかを特定するテストがあるというのだ。

 看護師に促されて、左腕を台の上に乗せる。看護師は八本もの細い注射

器を並べてニタニタしている。

「ちゅ、注射を打つんですか?」

「そうですよー」

「そ、そんなに?」

「ええ、八本です。それぞれにアレルゲンサンプルが含まれていますから」

 覚悟を決めてただひたすら左腕を突き出していると、看護師は一本ずつ

私の腕に突き刺しはじめた。左下腕の内側に細い針が突き立てられ、注

射器の内容物が注入される。小さく開いた穴からは赤い血が染み出して

る。縦に一つずつ小さな穴は増えていき、五つ目からは列を変えて刺さ

れていく。私の腕に、まるで犬の乳房のように、縦に4つずつ二列の穴が

並んだ。

「これでしばらく、触らずにお待ちください」

 待合で五分ほど待っていると、再び呼ばれて、老医師の前に座る。老医

師は私の腕を眺めながら、メモ紙に何かを書き付ける。

「ははーん、幾つかでてますねー。このいちばん上のがハウスダスト、その

次のがスギです」

「え? 私は花粉症はでてないですけど・・・」

「うーむ、それでもスギ花粉には反応してますねー」

 その次のふたつと、隣の列の上ふたつにも反応はないようだ。二行目の三つ

目は赤く膨らみ、さらに四つ目はかなり大きく晴れ上がっている。

「先生、それでこちらのは?」

「うん、この三つ目のは黴ですね。ほら、エアコンだとかそういうところに発生し

た黴があるでしょ? その胞子とかですね」

「で、このいちばん大きいのは?」

「おお! これはひどい。これがいちばん反応していますな。これはいかん、

どげんかせんといかん」

「どげんかって・・・・・・先生、宮崎の方ですか?」

「そげなことはどうでもよろしい。これは・・・・・・知りたいかね?」

「ええ、ぜひ教えてください」

「これはな・・・・・・」

「これは・・・・・?」

「これはな、シトじゃ」

「は? シト?」

「そう、シト」

「ああ、ヒト、ですか」

「そうじゃ、シトじゃ」

「ヒトって、人間ですか?」

「そうじゃ、シトじゃ」

「で?」

「シトはシトでもな、これはあなたの奥さんの細胞じゃ」

「え? いつのまに?」

「いや、まぁ、それはまぁ、いいとして・・・・・・」

「で? つまり?」

「あなたがいちばん強く反応してしまっているアレルゲンは、シト、奥方、っ

ちゅうわけじゃな」

「うちの奥さん・・・じゃぁ、私は、私はどうすれば・・・・・・?」

「そうじゃなぁ、そりゃぁ、アレルゲンは遠ざけるか、薬でごまかすかじゃが、

お主、どうするか?」

「お主って・・・・・・どうするかっていわれても・・・・・・」

                               了

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第五百四十九話 スマイル・ヒーローズ [可笑譚]

「ハイー、こんにちは! ポッドキャストでお送りするスマイルヒーローズで

すー!」

「はい、こんにちは、和野です」

「こちらが水田です。このポッドキャストは、素人がアホみたいに何やっとん

ねんって言われそうですがぁ、面白いことやれればええんちゃうかっていう

のを基本にお送りしていまぁす」

「しかし、暑いなぁ、水田くん」

「ほんまやな、溶けてしまいそうやな」

「溶けてしまいそうって、それなんや?」

「なんやて……暑すぎて溶けてしまいそうやろ?」

「そんな、なんぼ暑うても溶けたりはせえへんやろ、バターやあるまいし」

「そら、バターやないけど、そう思わへん? 暑すぎて溶けてしまいそうやて」

「言わへんな、俺は」

「言わへんか、お前は。けど、みんな言うてるやろ? 溶けてしまうゆうて」

「言うてるかなぁ、まぁ、言うてるとしよか。何度で溶けてしまうんや?」

「何度でって……そやなぁ、三十二度くらいになったら溶けはじめるんとち

ゃうか」

「三十二度なんて、いま、外出たらそれくらいやぞ」

「そうやなぁ、そうかもしれんなぁ。ほんならそろそろ外出たらみんな溶けは

じめてんとちゃうか」

「ほんまか。ほな、俺がいま外でるやろ、ほんならあっちこっちでなんやどろ

どろになった人間がうろうろしとるわけやな」

「わっ、気持ち悪る! あれやな、溶解人間!」

「ようかい人間? それなんや、妖怪と溶解をかけたわけか」

「ああ、かかってますか。ちゃうやん、昔の映画であったやん、そういうの」

「溶解人間? 俺、知らんわ。いつごろの映画や?」

「さぁ、江戸時代くらいか」

「あほ、江戸時代に映画があったんか」

「ほんなら室町、あ、戦国時代か?」

「余計に遡ってるし」

 素人ながらにお笑いグランプリにも挑戦したことのあるこの若い二人、お

もろいことが大好きで、大好き過ぎて、二人で面白いおしゃべりをして、そ

れをインターネット配信し始めたのが三年前。それから毎週配信をしてい

るのだが、プロのしゃべくりでもないのに、結構面白い。面白いから少しづ

つ視聴者も増えてきた。今や世にアマチュアのポッドキャスターはあまた

いるが、お笑いネタで配信を続けるのはそれほど容易ではない。IT技術

や音楽、芝居などをネタにした配信なら、まずは情報ありきで成立するが、

お笑いの場合は、自らがお笑いネタを考えて行かねばならないからだ。だ

が、こいつら、なかなか面白い。何をネタにしているというわけではないの

に、二人でしゃべってるだけで、そのやり取りが面白いのだ。お笑いでも落

語や漫談は、やはりネタが必要だし、漫才だって本当に面白いものはネタ

が優れているものだが、これらの話術というものは、ネタがなくてもそのし

ゃべり口だけでも面白かったりするようだ。二人のやりとりは、もちろんそ

の話題は毎回なにかしら考えているようだが、喋っているうちにどんどん

あさっての方にずれていって、わけのわからない話になっていくのだが、

それがまた面白いのだ。

 私はまだ聴きはじめてまもないのだが、すっかり虜になってしまった。なぜこ

いつらはこんなに面白いのだろうか。おもしろさの秘密は? しゃべり続けるパ

ワーの源はなんだ? そのうちに解明してみたい。

「ではぁ、今日はこの辺にしといたろか」

「ほな、らた、まいしゅう~」

「ちゃうやろそれ、また、来週~やろ」

 和野はマイクのスイッチを切った。水田も大きく伸びをする。

「ああーおもろかったなぁ、今日も」

「そやな、これって、もう毎週配信するのん止めろか」

「ええ? なんで? もう飽きたんか?」

「なんで飽きなあかんねん。面白かった言うてるやろ」

「でもいま、止めよかって」

「うん、毎週は止めて、毎日にしよかって」

「毎日かぁ、そらたいへんやなぁ」

「たいへんやけど、おもろいからええやん」

「おもろいからええけど、たいへんや」

「そんなたいへんって、何がたいへんなんや?」

「お前と毎日会わんならんことがたいへんや」

「お前なぁ!」

 二人は録音部屋を出ながらもしゃべり続け、道路に出てからも、いつまでも

いつまでもしゃべり続けるのだった。

                                   了

スーパーヒーローズ-ホンモノはこちら。


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第五百十四話 わらしべ [可笑譚]

 ここに一本の藁がある。藁? なんだそれは? なぜ、そんなものを持って

いるのかというと、神様のお告げがあったからだ。

 俺は、ニートだ。病気で働けないというわけでもないが、働いても仕方ない、

働く気がしない。なんでしんどい目をして働かなきゃぁならんのだ? そう思う

からニートなのだ。まぁ、人によっては精神科へ行けなんてことを言う者もいな

いではないが、俺は別に病気じゃないし、ただ働きたくないだけだ。

 仕事を持ってやすい賃金で働いたところで、金は右から左へ消えていく。働

かなくても、役所に申請すれば、最低生活費を配給してくれる。そう、いま話題

の生活保護ってやつだ。確かに、俺がもらえる生活費なんて、ほんのわずかだ

が、それでも下手にしんどい目をして稼ぐことを思えば、文句は言えない。

 ところが、どうしたわけか、今月の配給金は、もうないのだ。調子に乗って飲み

食いしてしまい、気がついたら一銭も残っていない。俺は、三日間空腹に耐えた

が、四日目になって我慢しきれず、ついに神頼みをしてしまった。町外れにある

観音様の小さなお社を訪ねて「お腹が減りました。助けてください」そうお祈りを

した後、空腹のあまり気を失ったらしい。夢の中だったんだろうが、観音様が現

れて、「ここを出て最初に手にしたものを持ってお行きなさい」そう言ったのだ。

 俺は目を覚まして、ふらつく足取りで社を出たとたんに何かに躓いてひっくり

返った。そして起き上がった時に手にしていたのが、この藁だったのだ。何で

こんなところに藁が落ちているんだ! 俺は腹を立てた。観音様のお告げを

信じて、何かいいものを掴むんだろうと思っていたからだ。こんな藁みたいなも

の、持っていてなんになる? そう思ったが、気持ちを落ち着けてとりあえず持

って歩いた。しばらく行くと、虻が飛んできて俺の周りをうるさく羽ばたく。鬱陶し

いと思った俺はそいつを手で捕まえた。おう、この藁で縛ってやろう。そう思い、

藁の先に虻をくくり付けると、虻は逃げようとしてブンブン羽ばたく。だが、藁の

先は俺が持っている。

 更にしばらく行くと、乳母車の中で赤ん坊が泣いている。俺はどうしたんだろ

う? と思って乳母車の中を覗き込んだ。すると、藁の先にくくりつけられた虻

が俺の頭の上でブンブンいう。それを見た赤ん坊が泣き止んでキャッキャッと

笑い出した。ほう、これが面白いのか。俺は虻も藁も邪魔になってきていたの

で、虻をくくりつけた藁の先を赤ん坊に持たせてやった。少し離れたところでお

しゃべりをしていた母親が、何事かと様子を見に来た。赤ん坊は手に持った藁

の先でブンブン言っている虻を診て喜んでいたが、あろうことに、その藁をぐし

ゃりと手元に引き寄せて、虻をつかもうとした。そのとたん、虻は怒って赤ん坊

に噛み付いた。痛みに火が付いたように泣き出した赤ん坊。

「何してるのよ!」

 赤ん坊の母親が怒った。怒って手にした買い物籠の中から蜜柑を掴んで俺に

投げつけた。一つ目は外れ、二個目は俺の身体に、三個目は俺の顔にあたっ

て地面に落ちた。俺は、もったいないと思って三個の蜜柑を拾い、慌てて逃げ

た。走っていくと、道端に屈み込んでいる若い女がいた。冷や汗をかいて青い

顔をしている。ははぁ、熱射病だな。そう思った俺は、女を日陰に連れて行き、

持っていた蜜柑を剥いて口に入れてやった。しばらく苦しそうにしていた女は、

少し良くなったようだ。熱射病のときは、日陰で水分補給をするのが一番だ。

女はやがて目を開いて言った。

「何よ! あなたは誰? 私に何をしようというのよ!」

 俺は思った。なんだこいつは。せっかく人が助けてやったのに。俺は腹が立

って女が持っていた高級そうなバッグをひったくって逃げてやった。走っていく

と、バイクのチェーンが外れて困っているおっさんがいた。早く逃げたい俺は

そのバイクを奪ってやろうと思ったが、逆におっさんが俺に言った。このバイク

をやるから、その綺麗なバッグをくれ。カミさんが欲しがっているバッグと同じ

モノなんだと。俺は、まぁいいかと思い、男にバッグをくれてやった。

 俺はおっさんからもらったバイクのチェーンを直してシートにまたがったが、

エンジンがかからない。ガス欠だ。しまった、だまされたか。そう思ったが、

いや待て、ガソリンを入れたらいいのだ。だが、俺にはガソリンを買う金な

んてないぞ。そうか、このバイクをどこかで売ればいいんだ。そう考えて、

バイクを押し歩き、中古バイクを扱っている店を探した。ほどなく中古バイ

クを売っているオンダバイク店を発見した。

「おやっさん、このバイク、引き取って欲しいんっすけど」

「ほうほう。バイクか。どれどれ」

 バイク店の親父は、バイクを見るなり、眉毛が吊り上がった。な、なんだ?

親父は、俺の腕をグッと掴んで言った。

「わしの店から盗んだバイクを売りにくるとは、なんてえ奴だ!」

 親父はすぐさま警察を呼んで、俺は事情聴取を受けた。どうやら、あの男、

この店から盗んだバイクを俺に押し付けやがった。そうしているうちに、女が

一人店に入ってきた。

「ただいまー。お父さん、私いま、ひどい目にあったの。へんな奴にお気に入

りのバッグを盗まれた……」

 女はそこまで言って、俺に気がついた。

「あっ! こいつよ! こいつだわ!」

 俺は窃盗二犯で警察に逮捕されてしまった。なにがわらしべ長者だ。馬鹿

にしやがって。俺は観音様の言うとおりにしたおかげで、わらしべ犯罪者に

なってしまったではないか。いや、まてよ。昔話は昔話。いまの世の中で通

用するわけがない。だとすると、これでいいのかもな。刑務所に入れば、と

りあえず飯が食えるではないか。少なくとも、窃盗二犯だと、どのくらいだ?

よく知らないが、一週間や二週間は牢の中で生きていけるのではないかな?

 俺は喜んだ。とにかく、いまの世の中、飯を食うだけでも大変なのだ。そん

な大金持ちになりたいだなんて思わない。次の生活費が支給されるまで、餓

死しなければいいのだから。俺はそう考えて、胸をなでおろした。

 拘置所の中で知り合った他の犯罪者たちも、俺と似たような人間ばかりだ。

俺がこの話をすると、みんな一様にそうだそうだと同意した。そして俺のことを

奴らは「わらしべ犯罪セレブ」と呼ぶようになったとさ。

                                  了


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