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第五百四十八話 悪霊 [怪奇譚]

「もう、この部屋にやって来ています」

 霊媒師が静かに言った。丸いテーブルを囲んで椅子に座っている家人たちは、

お互いに黙ったまま顔を見合わした。

「まさか、そんなに早く来るものなんですか、その……悪霊とかいうものは」

 この屋敷の主人である小紋彰が霊媒師に訊ねた。

「いえ、正確には最初からいたというべきでしょうが……見えていなかった。

だが先ほどから私にはくっきりと見えるようになっているのです」

 なんということだ。やはり悪霊というものが存在していたのだ。実は、数ヶ

月前に彰の次男である月彦が自室で首吊り自殺をするに至って、さまざま

な怪奇現象がこの屋敷では起きているのだ。家具が勝手に動いたり、グラ

スが床に落ちたり。それだけではない。彰の仕事に翳がさし、妻の由里子も

パート先で解雇通知を受けたり、よからぬことが続いているのだ。その挙句

に次男の自殺。これはきっと何かよからぬものが取り憑いているに違いない

と、長男の賢一がインターネットで探して霊媒師を呼んだのだった。

 最初は半信半疑だった家人たちも、この除霊会を行うことには同意していま

この席があるわけだが、実際に悪霊がここにいると言われて、改めて背筋に

冷たいものが流れるのを、全員が感じていた。

「じゃが、その悪霊はどこにおるんじゃな?」

 彰の隣に座っている老人が言った。彼女は彰の実の母親だ。

「……みなさんと一緒にテーブルについていますよ」

「ヒッ……」

 由里子が思わず声を漏らした。実は僕も、恐怖に声を出しかけたところだった

が、誰かが同じことをしてしまうと、妙に客観的になれるもので、僕の中の恐怖

は少し和らいだ。

「で、あなたにだけ見えているのですか、その悪霊は」

 賢一が訊ねた。

「いや……どうだろう。私にだけ見えているのかどうか……私には皆に何が見え

ているのかいないのか、それはわかりかねますな。少なくとも、この円卓を囲ん

でいるのは、六人であるように、私には見えているが、皆さんはどうですかな?」

 一、二……六人……確かに六人座っている。僕は黙って目で数えてみた。だと

すると、僕にも見えているということなのか? だが、この家の住人は僕を含めて

五人、そこに霊媒師の婆さんが入って六人。悪霊が加われば七人いることになる

のではないのか? 僕は少し不思議に思った。

「いや、霊媒師さん、このテーブルには五人しか座っていないのだが……いったい

どこにもう一人……」

「しっ! 黙って! いま悪霊は、私の存在を疎みはじめている。早く除霊をしない

と……」

「除霊をしないと?」

「たいへんなことになる」

「霊媒師さん、早く! 早くお願いします!」

 僕は家人と霊媒師のやりとりを聞いていて、再び恐ろしくなってきた。たい

へんなことって……いったい何が起きるというのだ? だが、そんなことを聞

きかえしている場合ではなさそうだ。一刻も早く除霊をしなければ。

「いいですか。みなさん、心の中の雑念を消し去って、念じてください。そして

心を併せて一斉に、両手のひらを悪霊に向けて、出ていけ! と声を出すの

です。」

 僕らはみんな黙って霊媒師の言葉を受け止め、頷いた。

「いいですか? 悪霊退散を念じて、念じて……では、せえのぉ!」

 僕らは悪霊に向かって掌を突き出し、一斉に声を上げた。

「出て行け!」

 僕・月彦の体は一瞬にして窓の外に吹き飛ばされてしまった。僕は社会から

落ちこぼれてしまった恨みを家族に向けていたのだが、そんな怨恨とともに、

くらい闇の中に消えていった。

                                    了



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