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第五百四十五話 猫スイッチ [文学譚]

 扇風機が回っている。右へ左へ、ゆっくりとした動作で首を振って、プラス

ティックの羽はなんの感慨もなく、ただひたすら電源から来る指令に従って

周りつづけているので、その存在は目には見えない。くるくる回って姿を隠

し、背景にあるモーターが隠された丸いプラスティックケースを顕にさせてい

るというのに、そこから風が巻き起こって、室内の温い空気を攪拌している。

 部屋の主はエアコン嫌いなのか、節電に協力するつもりなのか、冷房の

スイッチは入れずに、一日中扇風機だけが静かに回っている。その足元に

時々やってきてはどすんと尻を落とすのが、この部屋に住み着いている二

匹の猫のうちの、白と黒の模様を持った方だ。彼は何を思ってかわからな

いが、もっと快適な場所を知っているのに、この扇風機の台座の上に寝そ

べりたがる。扇風機の台座には、電源スイッチや風の強度を変えるスイッ

チが埋め込まれており、それはほんの軽いタッチで作動するようになって

いるから、猫がドスンと腰を下ろすそのときの足の位置によっては、ちょう

ど電源スイッチが押し込まれてしまうことがある。猫が座ると、自動的に扇

風機が止まる。こんな奇妙な連動が繰り返されるようになった。

 台座に腰を下ろす猫にとって、いずれにしても扇風機の風は当たらない

位置なので、扇風機が動いていようが止まろうが、猫はどっちでもいいの

である。むしろ、猫が扇風機の動きに気づいて、自分がと得たり動かした

りしているのだと学んでくれたなら、それはそれで面白いのだが、残念な

がら彼は知らん顔をしてドタッと腰を下ろすだけである。

 面白いことに、ここに腰を下ろすのは彼だけで、真っ黒な方の猫は、一

度だってこの台座の上に腰を下ろしたことはないのだ。兄弟なのだから

同じ志向を持っていてもよさそうなのだが、何かにつけて性格が違う。黒

いのはむしろ繊細な心の持ち主で、いつもじーっと兄弟がしていることを

静かに見守るばかりである。黒白の猫は、扇風機のスイッチを止めるだ

けではない。ハンドルのついた洋室のドアに飛びついて、これを開ける。

人間がハンドルを手で下げて開くタイプのドアだ。誰が教えたわけでもな

いのに、ハンドルに飛びついてぶら下がって、カチッとドアのロックが外れ

たところでドアの隙間に前足を入れて開くのだ。ドアを開いたら中にはいる

のだが、そこに食物や玩具があるわけではない。無目的に中に入って、ひ

としきり室内のどこかに寝そべったあと、悠々と出てくるのである。さらに彼

はベランダの網戸も開けてしまう。こちらは引き戸タイプで、両前足を引き

戸の端っこにかけて、体重をかけてうんしょ! と引くと、少し隙間ができる。

そこに頭を突っ込んで、ついにはベランダに出る。そのあとを黒いのもつい

て外に出るのだ。なんだかメカ好きな猫?

 もう少し仕込んだら、もっといろんなことができそうなので、もうすぐ彼の身

体に合ったサイズの自転車を見つけてあてがってみようかと思っている。そ

してその次には電気自動車も試みたい。猫だって犬にも負けないほどの頭

脳を持っている。実際、これほど様々なことが独学でできるようになったの

だから、教え込んだらどれほどのものか。私はこいつを私の車の運転手に

してやろうと密かに考えているのだが、住民票も戸籍も持たない猫にも、人

間同様の運転免許が必要なのだろうか? それがわからない。

                                了

週間で小説を書く! (幻冬舎新書) 作者: 清水 良典 出版社/メーカー: 幻冬舎 の、<何ごとも起こらない普通の日々課題として



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