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第九百三十七話 ヘビーローテンション [脳内譚]

 ラジオをつけたままで仕事をしているなんていうと、不真面目に聞こえるかもしれないが、その方が仕事ははかどる。部屋の中に一人っきりでこもっているのはどうにも寂しいからだ。キャスターのおしゃべりをじっと聞くわけではないけれども、何かしら人の声がしているだけで孤独感から遠ざかることができる。それに流行りの音楽が調子のいいリズムを刻んでくれると、いっそう手作業のテンポが上がるような気がする。実際にはそうでもないのだろうが。でも気持ちよく作業ができるのならそれにこしたことはない。どうせひとつやふたつ多かろうが少なかろうが、たいした金額の違いにはならないのだし。

 昔、夢を見ていたこともあった。詩を書いて曲を作って、ギターを弾きながら歌うシンガーソングライターへの夢。あの頃流行っていた華やかな職業だった。しかしそれはテレビで知ったアーティストに憧れた子供が描いていた妄想にすぎなかった。詩など書けなかった。そんな言葉を持っていなかったから。まして曲など作れるわけがない。親にねだって手に入れた安価なギターも、教則本の半分もこなさないうちに部屋の隅で埃をかぶるようになった。短い指でコードを押さえるのが苦痛だったのだ。それでも安物のギターでなんとかなるような気がしていた安物の夢をいつまでも抱えたまま大人になった。

気がつけば夢は眠っているときですら見ないほど疲れ果て、毎日同じことの繰り返しという仕事に人生を費やし、その挙句会社も首になって、いまはこんな内職仕事で細々と食いつないでいる。内職の中身はその時々によって変わる。封筒をリボンで飾り付けることもあれば、ビニール袋に色紙を封入することもある。何も考える必要のない悲しいほど単調な仕事。

ラジオから何度となく同じ曲が繰り返し流れている。これがヘビーローテーションってやつだな。売り出し中の曲を何度も何度もラジオで聞かせて、リスナーの耳にこびりつかせてしまう。こんなやり方でヒットさせてしまおうという手口。歌うことが仕事だなんていいなぁと思う。私に才能があったならなどと、ないものをねだってしまう。それにしても暗い歌だ。こんな歌がヒットするのかしら。もっと明るくて調子のいい歌じゃないと、内職もはかどらないじゃないか。お経みたいに単調で葬送曲みたいにゆっくりとしてこけの生えた岩肌みたいにじめっとした歌。どんどん気持ちが落ち込んでくこの感じ。こんな曲が流行ったら自殺者が増えるのではないかしら。

♫嫌だ嫌だと泣いて暮らす

    それでも陽は暮れまた登る

    おんなじことを繰り返し

     嫌になるまで息をする

ふと思った。これは私への贈り物かもしれない。陰鬱だと思ったが、私にぴったりの歌だ。毎日毎日同じ作業を繰り返す私のテーマソングだ。これはヘビーローテーションではない。私のために作られたヘビーローテンションの歌なのだ。

            了


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