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第九百二十五話 脱皮する [変身譚]

 ねぇ、踵ってどうしてる? 友人の真知子が素足に履いたサンダルをぷらぷらさせながら言った。どうしてるってなにが? 聞き返すと、うん、ほら角質ってやつ。喫茶店の中でサンダルを脱がせて足を上げさせるわけにもいかないので、ちょっと見せてとテーブルの下に頭を下げると、真知子は足を突き出してきた。サンダルの下から覗いている踵は確かに白く分厚くなっているようだ。こういうの、しまいに痛くなるんだよね。言うと、そうそう、私いまそうなのよ。踵んところが痛いし、ナイロン靴下とかに角質が引っかかっちゃうのよ。

 実は私も経験がある。一生懸命踵やすりで擦ったり、金属製の踵削りという道具で削ったりした。でも履いている靴によって環境が変わるのか、たいていはいつしか角質はなくなってしまうのだ。その晩、ネットで検索してみると足の角質を除去する新しいグッズがいろいろと販売されているのを知った。クリームを塗って一晩の間靴下を履くもの、クリームをつけて指で擦るというスクラブ洗顔みたいなもの、靴下状のビニールに薬品が入っていて、その中に一時間ほど足を入れておくというもの。いったいどれがいいのかしらと使った人のブログ等を見ていると、どうやら”ダッピング”というのが安くてよさそう。これは三つ目に書いた、薬の入った袋に一時間ほど足を入れておくだけで、一週間後にキレイに一皮むけてしまうという代物だ。なんだか過激な気もしたが、使った人たちのレビューはとてもいい感じなのだ。私はさっそく真知子に電話をして教えてあげた。真知子は喜んで、すぐにネット購入すると言った。

 一週間ほどして、あの薬の成果を見せたいというので、真知子の部屋を訪ねた。真知子は部屋着のまま素足かと思ったら靴下を履いている。どうなった? 効いた? と訊ねると、うん、すごくと答えた。見せて見せて。真知子はソファのところの床に座って靴下を脱いで見せてくれた。ネットで紹介されていたように、足の裏全面の皮が足の形に剥がれていて、まだ皮が剥がれていない周囲はぱりぱりになっていた。うわぁ、すごいじゃん。なんか気もちよさそうっていうか、見た目はキモチ悪いね。でしょう? ほんとすごい効き目。ここまでとは思わなかった。言いながら真知子はぱりぱりになった皮のところをピーっとひっぱって見せる。すると大きな皮がべろんと剥がれて、まさに蛇が脱皮したような皮がとれた。へぇーっ。足の裏だけじゃないのね、甲のあたりまでめくれて……。そうなのよ。これって、大丈夫かなぁ。痛くはないの? うん、ぜんぜん、気持ちいいよ。あなたもすればいいのに。ええーっ? 私はいまは必要ないなぁ。でもさ、これって、足以外のところにやったら……。……実はね、私、それやってみたの。え? うそ。どこに? うん、全身。最初は足だけ試していたの。そしたらね、五日ほどしたら皮がめくれてきたの。私、すごーいって思って……品物はね、また使うと思ってまとめ買いしてたのよ。それをね、全身につけてみたわ。ええ、顔もよ。そしたらさぁ、足の裏ほど皮が堅くないからかなぁ……三日ほどで体中が日焼けしたときみたいに皮が浮いてきてねー。言いながら真知子は部屋着を脱ぎはじめた。半裸になって見せてくれた身体も、足と同じようにパリパリと皮が浮いている。改めて顔を覗き込むと、顔だってしわしわにふやけたようになって皮が剥けかけてる。ねぇ、真知子。それって、足以外に使ってもいいものなの? 知らないけど……もう使っちゃったもの。

 言ったとたん、真知子が脱げ落ちて、人型の皮の中から見たことのない女性が現れた。真知子は遂に一皮むけてしまったようだ。

                                            了


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