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第九百二十三話 太郎のいる生活 [変身譚]

「あらあら太郎ちゃん、またそんな食べ方して。お皿に口を近づけて食べるの、それって犬食いっていってお行儀が悪いのよ」

 この家でお母さんをやっている美沙子は男の子の食べ方を見て注意をした。一度身についた癖というものはなかなか治らないものだとわかっているから、美沙子はできるだけ叱りつけないでやさしく注意する様に心がけているのだ。

「わかったー」

 太郎はお母さんに言われてしぶしぶ顔をひっこめるのだが、しばらくするとまた皿に顔を近づけて犬食いをしてしまうのだった。

「あっ、お兄ちゃんまたあんな食べ方してるよぅ」

 太郎の様子をじっと見ていたミルクがお母さんに言いつける。

「なんだよぅミルクまで。お前だって人のこといえないんじゃないのか?」

 コップに入った冷たい牛乳を飲み終えたミルクは口の周りを短い舌でぺろりと舐めてから言い返した。

「あら、あたしはそんなはしたない食べ方なんてしないわ」

「ほら見ろ。口の周りをなめるのだって似たようなことだぞ」

「うそ。そんなことないわ。じゃぁ手でぬぐった方が行儀がいいの?」

「まぁまぁ二人とも、喧嘩しないで。黙って仲良く食べなさい」

 二人は上目づかいでお母さんを見ながら口を閉じた。

 夕食が終ると、みんなでテレビの前に集まるのが習慣だ。今日は洋画劇場の日だ。みんな映画とかドラマが大好きなのだ。この日はかなり昔のSF映画が上映されていた。タイトルは「ザ・プラネット・オブ・エイプ」。猿が地球を征服している映画だ。

「うわぁ、お猿さんが人間みたい」

「こんなことってほんとうにあるのかなぁ」

 子供たちは無邪気に驚き、眼を輝かせながら画面に吸いつけられている。太郎もミルクも、ソファの上でくつろぎながらテレビを見ているが、ときどき足でぽりぽりと身体を掻く動作がかわいらしい。彼らの姿を眺めながら、美沙子はこんな映画を流すなんて、いいのかしら二人に見せてもなどと複雑な気持ちになった。

 えてしてSF映画や小説で語られたことが現実になることがある。飛行機だって宇宙船だって、クローン人間だって、かつては夢物語だったけれども、百年もしないうちに現実になった。未だに実現していないのは、恒星間旅行とタイムマシーンくらいだ。いま流れている映画だって、猿に脳を刺激する薬を投与したことによって人間並みに賢くなってしまうという科学技術がミソとなっているが、これもまた十数年前に現実になっていた。さすがに猿は人間に近すぎて危険だということで投薬されなかったのだが、もっとも人間と親和性の高い犬と猫が対象とされた。

 かつては家庭で飼われていた犬や猫も、その当時からまるで家族同様の扱いで可愛がられていたのだが、飼い主たちは一様に「この子たちも口がきけたらなぁ」と考えていた。だからその願いを叶える技術として脳刺激薬が投与された犬猫は少しづつ賢くなった。二世、三世と代を重ねるごとに犬猫は進化し、言葉を話せるようになり、二足歩行になり、ついには人間とほとんど変わらない姿で暮らせるようになった。

 太郎は犬から、ミルクは猫から進化した子供で、美沙子の親が代々飼っていたペットの子孫だ。いまや美沙子の実の子供として一緒に暮らしている。もっともまだ彼らが人間と同じ戸籍を持つまでには世の中が変わっていないので、あくまでもペットの延長戦上なのだけれども、美沙子にとっては人間の子供となんら変わらない。太郎は人間だったら来年は小学生だ。なんとか入学させてやりたいと思っているのだけれども、来年までに法律が変わることはどうやら難しそうだ。

                                                                                     了


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