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第九百二十二話 船上パーティ [可笑譚]

 二十五人乗りの小さなクルーザーだが、出来あいのクルージングパックではなく、みんなで酒と料理を持ちこむという手づくりによる船上パーティは、想像以上に盛り上がった。なにしろバーを経営している閑ちゃんと、レストランの若い経営者である俵町が主催しているから、この二人が用意した料理もワインも不味いわけがない。夕刻のスタート直前、スコールのような雨に見舞われたもののすぐに止み、むしろ気温が少し下がって過ごしやすくなったかもしれない。例年以上に気温が高いと言われている今夏だけに、市内の運河を涼風を浴びて巡るクルージングパーティは、前半大いに盛り上がった。

 市内の運河はまっすぐ東西に延びる土佐堀川と、そこから幾筋にも枝分かれしている川によって構成されていて、今回は土佐堀川を往復した後に、南方の繁華街を貫く支流へと展開される予定だったのだが、デッキの前部でマイクを持った船長が詫びのコメントを伝えた。

「みなさん、申し訳ありません。少し手違いがありまして、南に向かう支流へと運航することが出来なくなってしまいました。誠に申し訳ありませんが、本日は残りの時間もこの同じ川を出来る限り航路を変えて往復させていただきます」

 正直、川の上を走る船の上で酒を飲むだけで十分なのだが、予定されていた道筋が出来なくなったというそのこと自体が気にいらない男がひとりいて、船長に文句を言った。この男、小さな会社を経営しているからか普段から高飛車な物言いをするタイプの人間で、閑ちゃんの店の常連客ながら、一部反感を感じている客も少なくなかった。

「おいおい、船長さんよ、これって船上パーティーだろ? そんな同じ一直線の川を行ったり来たりだなんて、それじゃまるで船上じゃなく、線の上を行く線上パーティじゃないかよぉ」

 言われた船長はもともと強面の顔を少しむっとさせたものの、頭を下げてもう一度謝った。男の方も頭を下げられた事と、周囲にまぁまぁとなだめられてとりあえずは口をつぐんだ。しばらく行くと、川の真中にある川洲に設けられた公園の横に船がさしかかった。この公園には川に向かって大きく散水する噴水が設けられていて、夜になるととりどりの光によってライトアップされるのが美しいが、川に向けられた散水のは近くを行く船に水しぶきをぶちまけることになる。先ほどの男、噴水を眺めることもなく缶ビールをぐいぐい飲んでいたところを、運悪く水の塊が意図したように男目がけて降り注いだ。

「ぷあっ! なんだこれは?」

 頭から水を被った形になった男はひとりだけびしょぬれ。突然の災難に、周りの者は笑い出した。男は他の乗船客は何ともないのに、なんで自分だけ? そんな目をして数秒間茫然としていたが、すぐに我を取り戻して言った。

「おいおい、線の上行く線上パーティかと思ったら、違うのかい。これは俺様を洗う洗浄パーティなんかい!」

 男はなぜか船長に詰め寄り、船長も浮かれた笑いを顔の上で固めた。この男、なにをカリカリしているんだ? 固まった笑いの端からそんな感情がこぼれ、「あんた不運だな。こんなこと滅多にあるもんじゃぁない」と言った。男はこの不運という言葉に一層刺激されたらしく、酔いも手伝って船長の胸倉をつかんだ。

「おいおい、てめえがそうしておいてよくも不運なんて言ったなぁ。ええ? 会社を経営してる俺はその言葉がこの世で一番嫌いなんだよぅ!」

 胸倉を掴まれた船長もまたいきなり激昂した。

「おいおい、なんだてめえの言い草は。わかった。これはもう船上パーティでも線上でも洗浄でもないわ。あんたのその言葉によって煽情パーティに変わったわい!」

 船長、自分の船に隠していたライフルを取り出して夜空に向けて一発撃ちはなった。初老のこの船長は、若いころアメリカに渡って軍の外人部隊に参加したことがあり、もともとは血の毛の多い人間だったのだ。

「もう我慢ならん。おめえらみんな血祭りだ!」

 当然ながら船上パーティーは、線上でも洗浄でも煽情でもなく……もうおわかりですね……いきなり戦場パーティと化した。

                                                了
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