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第七百三十五話 四次元ポケット [文学譚]

 私は、「世にも奇妙な物語」というテレビドラマが大好きなのだが、その冒

頭部分で語られる「奇妙な世界が、ほら、あなたのすぐ隣にあるかもしれな

い」と、いささか脅しめいたナレーションを聞くと、ほんとうにそうなのかもし

れないと思ってしまう。そう、非日常な現象は、きっと日常の中にこっそりと

忍び込んでいるのにちがいない。 私は薬品メーカーに務めるしがない営

業マンだ。日夜医科向けの薬品サンプルを持ち歩いては病院に出向いて、

医師を相手に新しい薬の効果を説明し、試しに使ってみてほしいと頼み込

む。医師にとっては、同じ薬効の薬であれば、A社のものでもB社のもので

もまったくかまわないと思っている。昔は袖の下に酒やお金を忍ばせて、薬

効以外のところで売り込むという荒業が横行していたものだが、コンプライ

アンスが叫ばれる昨今では、そうした闇の取引は一切御法度になってしま

った。正義のためというよりは、医師自信が我が身の安泰を第一に考えて

いるので、怪しい物は一切受け取らなくなったのだ。

 そうなるといよいよ製品そのもののクオリティ勝負ということになるのだが、

技術が進んだ昨今、どことも製品の内容は変わらない。だから営業の人柄

や熱心さ、説得技術の良し悪しが問われるようになったというのが、直近の

営業事情だ。 私も脂が乗り切っていた頃には口もうまかったし、熱心さは

誰にも負けなかった。ところが年齢とともに体力が衰え、出世の程度も見え

てきた近ごろは、なんだか気が抜けてしまって、何かとへまをすることが増

えてきた。とりわけ物忘れが増えて、大事な商談の道具を忘れてしまったり

する有様だ。あるとき、携帯電話を会社に置き忘れた。医師に尋ねられたこ

とがあって、携帯電話があればその場ですぐに調べて間髪入れずに返答す

ることができるのに、後ろに控えている同業者においしい話を持っていかれ

るのではないかと肝を冷やした。 もしかしてどこかに持っているのではない

かと、念のために背広のポケットに手を突っ込んでゴソゴソしていると、指の

先にコツンと何かが当たった。あれ? さっきはこんなもの入っていなかった

のに。なんだろう? 指先に当たるものは、その時は小さなかけらのような物

だったが、指でつまんでぐいと引っ張ると、みるみる大きさを取り戻してポケッ

の中にすっかりと全体を著した。それはわたしの携帯電話だった。なんだこれ

は? まるで手品のポケットのようだ。いままでなかった物が、急に姿を現すな

んて。それはともかく、私は取り戻した携帯電話で情報を確認して、その結果を

医師に伝えた。医師は私の対応の素早さに感激して、余分な発注をかけてくれ

た。

 病院を出てから、不思議な現象を確かめようと、ポケットの中を散々調べて

みたが、なにも変わった様子はなかった。その次にもまた同じような現象が起

きた。その時は、持ち出したはずの薬品サンプルを忘れてしまったときだ。会社

に取りに帰るべきかどうしようと迷ったが、あの時のことを思い出して背広のポ

ケットに手を突っ込んで、薬品サンプルの名前を強く思い浮かべた。するとまた

、指先にゴソゴソした感触が伝わり、みるみるうちに忘れたはずの薬品サンプ

ルが出現した。この薬品サンプルを取り出す際に、このときは指先でポケット

のそこを確かめてみた。すると、驚いたことに、ポケットの中には深い穴が空

いているようだった。薬品が出現してしまうと、その穴はすぐに閉じてしまった。

 なんなのだこれは。いくら考えてもわからなかったが、ひとつだけ連想した

ことがあった。子供の頃に大好きだった、猫型ロボットが出てくる漫画の小道

具。そう、四次元ポケットと呼ばれていたあれだ。漫画の中では猫型ロボット

の胸に取り付けられた半月型のポケットからなんでも取り出せるという、まさ

しく夢のような道具だった。まさかそんなものが、私の背広のポケットに。冷

静に考えるとあるはずがないことだったが、現に二回も忘れ物を取り出すこ

とができたという事実が目の前にあった。 その後も度々、必要な物がポケ

ットからでてきたし、そうなるともはや、忘れ物など怖くはなかった。むしろ、

わざと会社に置いてきた物をあとでポケットから取り出すなどということさえ

するようになった。

 この頃、電子化されたデータは、クラウドという空に浮いている仮想ファイ

ルの中に主運もうしておけば、いつでもどこでも電子機器で取り出すことが

できるが、わたしにポケットは、同じようなことが電子ではなく物理レベルで

できるんだからすごい。ポケットの中から現れるものは、携帯電話や薬品サ

ンプルという小さな物には限らなかった。アタッシュケースであったり、場合

によっては自転車でさえ取り出せた。まさに猫型ロボットの四次元ポケット

そのものだった。私は、自分自身の体力や能力が衰えた分、このポケット

の力によって十二分にカバーすることができたのだった。

 しかし私はいい気になりすぎたのかもしれない。あるとき、わざと持って

出なかった見積書をポケットから取り出そうと、強く念じながらポケットに右

手を突っ込んだ。だが、いつまでたっても書類特有のガサゴソとした感触が

現れない。あれ? どうしたんだ? 私はより深く手をポケットの中に突っ込

んで探した。元来十センチほどしかないポケットの中に、私は右腕の半分ば

かりを突っ込んでいた。指はポケットの底にある穴の中深く入り込み、それで

も何も見つからない。次第に焦り始めた私は、ますます深いところに腕を突っ

込んで、もはや方のあたりまでがポケットの中に入ってしまっているという、大

変にアクロバティックな格好になっていた。しかしそれでも書類は現れない。し

まった。ポケットがいうことをきかなくなった! そう気がついたとき、ポケットの

中に突っ込んだ私の手の先に何かが触れた。指先に柔らかい感触。何だ? 

思うまもなく、わたしに右手が何者かによってがっちりと掴まれ、私の腕は強い

力で引っ張られた。何だ? 誰だ? どうなってる? そう思った瞬間、私は背

広の右ポケットの中に右肩からぐいと引っ張り込まれ、遂には身体全体がポケ

ットの中に引きずり込まれてしまったらしい。左足先が最後にポケットの中に入

ったと感じた瞬間、背広のポケットがぽとりと地面の上に転がり落ちていくのが

わかった。                                了


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