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第七百三十四話 テロリズム [文学譚]

 組織は都心のど真ん中にあった。ビジネス街に位置する商業ビルの地階に

在していた。地階という場所のイメージからは、まさしく”地下組織”を連想させる

が、意外なことに賑々しく存在し、室内には常にBGMが流れている。実は、表向

きはダンススタジオの看板を掲げており、実際にダンス教室をひとつの収入源に

しているので、まさかここが秘密組織のアジトであるなんて、誰も思わないのだっ

た。

 秘密組織の名は”幸福平和団”。軟弱そうに聞こえるが、Happy&Peace Organi

-zationを日本語に置き換えるとこういう名称になってしまったのだ。彼らは独自

の宗教を教義として掲げており、その教えに従ってまさに世界の平和と人々の幸

福を自分たちがになっていると信じている。宗教団体ではないので、教祖という

者はいないが、総裁として祭り上げられているのは独自の宗教のシンボルとして

崇められている像によく似た小柄で腹の突き出た禿頭の男。しかし実際に権力を

行使しているのは武闘家タイプの男である。この男は一見中東あたりの出身かと

思わせるような浅黒く彫りの深い精悍な顔立ちで、長身で筋肉が発達した体躯は

まさにソルジャーそのものである。威圧感のある彼が言葉を発すると、組織の人

間のみならず、誰でも従わざるを得ないような気持ちになるのだ。

「また、テロリストが悪さをしているようだな」

 近々にアフリカで起きた事件に、男は業を煮やしていた。平和を愛する彼らにと

て、暴力に物を言わせて世間を制圧しようとする輩は許せないのだ。

「間違った宗教が流布されているから、あのような狂信的な人間が騒ぎを起こす

のだ。世界が我々と同じ教義の下に生きるようになれば、必ず地球上は幸福と

平和に満ちたひとつの世界になれるのに」

 世界中で戦争や紛争が起きるたびに、男はそう言って呻く。そう、まさに世界

平和と幸福のために彼らは日夜活動している。彼らの活動は、もちろん自らの

教義を世界に広め、全人類を同胞にするためにある。実は、ダンススタジオも

単に活動費用捻出のためということではなく、ここで広めているダンスにこそ、

秘密兵器が隠されていた。彼らのブレインが、人の心をつかみ、人の行動を

コントロール出来るサウンドを遂に開発したのだ。いまやその秘密兵器は完

成し、いよいよ人類同一化のために稼働しようとしている。

 リーダーは、自室にある音響機器の電源を入れた。完成済みのサウンドが

流れる。自らの武器である音が身体に伝わってくると、自然と身体が動き出す。

矢も縦もたまらなくなって手足、腰が動き始めるのだ。この音楽に併せて開発

されたダンスを知っていれば、自ずとそれが実施される。あるいは知らなくとも、

そのダンスを見ると、自然に同じ動きが伝染する。これこそが組織の新しい武

器だ。誰が何をしていようとも、この音を聞くと勝手に身体が動き出し、そのとき

提示されたダンシングをはじめる。そうなると、もはや世界はダンスになる。国会

の最中であれ、株式集会の途中であれ、仕事中であれ、みんながダンスをはじ

めてしまう。これこそが暴力を伴わない平和に世界を変えてしまう新たなテロだ。

喧嘩のさなかでも、戦場でも、音を流せば、敵も味方も一緒になって踊りだす。

 ずんちゃ、ずんちゃちゃ、ずんちゃかちゃかちゃっか。

 ずんちゃ、ずんちゃちゃ、ずんちゃかちゃかちゃっか。

 この単調なリズムにこそ、人身をコントロールする秘密の力がある。これこ

そが”テロ-リズム”なのだ。我々は、いまから世界中にこの音をばらまくつも

りだ。そうなればもはや、我々に逆らえる人間は誰ひとりいないだろう。仮に

我々に抗おうとしても、この音が流れると踊りだしてしまうのだから。

 さぁ、地球上の同胞たちよ、我らと一緒に踊ろう。そして、我らの神、ビリン

ケさんの御足を撫でて幸福になろう。世界に平を。人類に幸福を! ずん

ちゃ、ずんちゃちゃ、ずんちゃかちゃかちゃっか。

                                了


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