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第七百三十三話 ある恩師の訃報 [文学譚]

 古い知り合いから訃報の電子メールが届いた。亡くなったのは高校時代の恩

師だ。僕が所属していたバレーボール部の顧問でありコーチだった。スパルタ

式の厳しい指導で知られ、その方式で弱体だったバレー部をいきなり全国大会

に導いた熱血教師だった。その後もバレー部は毎年地方大会の優勝と全国大

会での上位入賞を繰り返し、それが母校の伝統となった。

 ところがある年、キャプテンが先生のスパルタ指導に音を上げてしまい、数十

発殴られた翌日にメモを残して自殺してしまった。それまでも暗黙のうちにスパ

ルタ指導、すなわち体罰を含めた厳しい方法が続けられていたのだが、この事

件をきっかけにこの教師は暴力教師としてクローズアップされることになった。

その時点では、指導のために教師が生徒に手をあげることが当たり前になって

しまっていたのだ。

 ところが時代は昔と違っていた。かつてまだ熱血の空気を引きずっていた時代、

千九百八十年代には、少々荒っぽい事があっても、生徒の親は「よく叱ってやっ

てください」という姿勢があったのだが、二千年を過ぎた頃にはもはやそのように

考える親はいなくなってしまった。ひたすら子が可愛くて、ちょっと口で叱っただけ

でも、なんでうちの子が! と怒鳴り込んでくるような大人が増えたのだ。

 小学校の運動会にしても一着二着と差別するのはけしからんということで、着順

を決めないような時代。親がそうなれば、子供だって同じ環境の中で打たれ弱くなっ

ていたのだと思う。手をかけられて耐え抜くほどの根性を持った子供は皆無になっ

ているのに、教師側は以前スパルタ方式が通用すると思い込んでいたのだ。

 あの学校には暴力教師がいる。暴力を使って部を強くしている。そんな噂はすで

に何年も前からあったのだが、それでも学校側は黙認し続けた。それが生徒の自

殺という悲惨な出来事によって表面化したのだった。

 この事件で教師はおろか、学校までも大きく転換を迫られ、結果、すべてが一新

されることになり、教師は更迭され、その後は不遇な人生を歩んだ。だが、僕たち

卒業生にとっては、あの頃、教師から受けたスパルタ指導が奇妙に懐かしい。あ

のおかげで今の自分があるような気がしているのだ。おそらく他の同窓生も同じ

気持ちだと思う。あの悲惨な事件は、時代錯誤であることに気がつかなかった学

校側の指導ミスであり、それに甘んじ続けた教師のちょっとしたやり方の間違い

だったのではないかと僕は思っている。

 いずれにしても、あの教師が不遇の人生を終え、いま安らかな眠りに就いたと

聞いて、矢も縦もたまらず会いたくなった。これから告別式だ。先生はたしかもう

八十を超えていると思う。僕だって卒業してから四十年も経って六十を過ぎてし

まった。二千四十年のいまになってこんな青春時代を思い起こさせてくれた熱血

教師に、あらためてお別れを言おう。

                                 了


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