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第六百三十七話 衣替えのシーズンに [妖精譚]

 「あのさぁ、うちはまだ衣替えができていないんだよね」

 春子が言うと、アキは意外そうな顔をして答えた。

「あら、衣替えなんって……随分久しぶりに聞いたわ」

「ええーっ? しないの? 衣替え」

「しないっていうかね、いつもできてるっていうのか、そういうことする必要

がないのよ」

「まぁ、それ、どういうこと? まさか……」

「見せてあげようか? ウチのワードローブルーム」

 初めてアキの家を訪れた春子は、想像していたよりも遥かに広いことに驚い

たのだが、確かにこの家なら大きな衣装部屋があっても不思議ではない。部屋

を見せてくれるといって廊下を進むアキの後ろを追いかけた。

「ほら、これが春服の部屋よ」

 アキが扉を開くと、部屋の中からフローラルの香りがして、明るい壁紙の色

が漏れた。ドアのところから中を覗くと、十畳近くはあろうかと思われるウォ

ークインクローゼットになっていて、ハンガーポールに春らしいパステル調の

衣装が並んで吊られているのが見えた。

「す、すごい。これ、全部春物ばかり?」

「そうよー」

 言いながら、アキは廊下を進んで次の扉を開いた。すると今度は青葉の香り

が漂ってきて、明るい陽射しのような光が漏れた。白っぽい夏の衣装が爽やか

に吊られている部屋の次は、秋服の部屋。フルーティな香りとともに、ベージュ

や茶系を中心とした衣装が並んでいた。その次は冬服部屋。ウールというか、

毛皮っぽい匂いとともに、黒っぽい衣装が多い印象だった。

「あんた、お金持ちだって噂には聞いてたけど、ここまでとは思わなかったわ」

「うふん、お金持ちってわけじゃぁないのよ。まぁ、確かにお部屋が広いのは

確かだけれども、衣装なんて決して高級なものばかりじゃないわ。入れ替えた

りするのって面倒くさいから、季節毎の衣装部屋にしてもらっただけよ」

 そんな風に言われると、もはや返す言葉もなく、そういうのをお金持ちって

いうんじゃない、と言いたくなるのを飲み込んだ。そんなことよりも、奥にあ

る次の部屋が気になったのだ。

「隣は……まさか、アクセサリールームだなんていうんじゃないでしょうね?」

「まさか。いくら私でもそんなものに一部屋使ったりはしないわ。ここはね、

春子んちはどうしてるのかしらないけど、スキンルームよ」

 スキンルーム? なんだそれ。 ああ、メイクルームってこと? アキが扉

を開いてくれたので、中を覗くと、日焼け止めクリームみたいな匂いがした。

他の衣装部屋に比べると、暗く狭い印象の部屋で、ハンガーにはやはり何か

がつり下げられていたので、あれは何かと訊ねると、アキは少し不思議そう

な顔で答えた。

「何って……スキンじゃない。ほら、あれが春用のホワイト肌、その隣のが

夏用の小麦肌、ひとつ空いた向こうが冬のもち肌スキンよ」

「それって……」

「ああ、秋用のはいま私が使ってるから。ほらこのしっとり肌スキンのよ。

こないだ秋用のに着替えたばかりだから、ほら、まだ身体に馴染んでないの。

春子とか、そういうのどうしてるの? ほら、私は着替えるのへただから、

ここんところがちょっと引きつったりしちゃってて……」

 アキは着ていたブラウスの後襟を少しつまんで後ろに引っ張った。する

と首の下の背中に、着ぐるみについているようなファスナーが見えて、そ

のあたりが少し吊って皮がよじれているのだった。

                      了



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