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第六百六話 フェイス僕~目覚めの日 [妖精譚]

  驚いた。これが本当に俺なのか、田島裕三は鏡に映る自分の姿を見て思った。

 裕三はタウン誌のライターで食っているのだが、その取材先であり、仕事仲間

でもあるカメラスタジオの浮田に声をかけられたのだ。

「田島さん、今度ちょっと面白い企画があるんだけど、ちょっと協力してくれない?」

 聞けば、何かモデルになって欲しいという話だった。頭髪が薄くなってスキンヘッ

ドをトレードマークにしてきた裕三はモデルになどなったことがない。仮にそのような

依頼があるとしたら、それは育毛剤かカツラの広告であろうなと思うのだが、今回の

話しは少し違った。スタジオ自身のPRのために写真を撮るというのだ。いつもは取

材で写真を撮る側の裕三なので、被写体側になるのはいささか恥ずかしい気がし

が、仲間からの依頼でもあり、ろくに話も聞かずにひとつ返事で引き受けた。

 数日後、その仕事の打合せをするというのでスタジオに出向いて、はじめて話の

細を知ることになるのだが、正直、裕三は詳細を知って心が踊った。被写体にな

るという話は渋々受けたのだが、こういう話しなら最初から飛びついていただろうと、

中で思った。実は、自分の中に密かな願望があることは、人知れず気がつい

ていた。自分ではない何かになってみたいという変身願望。さらには自分ではない

何かではなく、はっきりと今回のような姿になってみたい。その姿で街中を歩き回っ

てみたい、そんな願望を胸の中にしまいこんできたことを思い出した。それに、これ

だと自分であることもわからないのではないか? 素顔がわからないのなら、恥ず

かしいこともなんともない。どうにでもなりやがれ。

 さらに数日後、いよいよ撮影当日がやって来た。裕三は朝からそわそわしながら

ごし、約束に時間ぴったりにスタジオを訪れた。

「やぁ、雄三さん、肌の調子はどうですか?」

「は、はぁ。別に・・・・・・いつも通りで」

 スタジオの主である浮田に促されてスタジオ控え室に入ると、ヘアメイクや

スタイリストが準備を進めていた。彼女たちとは面識がある。裕三は直接仕

事で一緒になったことはないが、広告会社や制作会社の打ち合わせ室で挨

拶したことがある。

「うふふ、田島さん、楽しみですね」

「田島さん、素敵につくりますからね」

 ヘアメイクにもスタイリストにもおだてられたり冷やかされたりしながら準

備に入った。鏡の前で椅子に座って、首から下に美容室で使われるような

エプロンを付けられた裕三は胸を躍らせながら、しかしそれを悟られない

ために静かに目をつぶった。メイクさんの手のひらが頬に当たる。何かク

リームのようなものを塗ったくっている。こそばゆいような、気持ちがいい

ような。次から次へと顔中に何かを塗りたくられて、いったいどんなことに

なっているのかと目を開いた裕三は、鏡の中の自分を見て愕然とした。

「あっ! オカマ!」

 白いどうらんを塗りつけられたその顔は、もちろんまだメイクははじまった

ばかりなのだが、厚塗りのおばはんか、あるいはオカマのおっさん、そうで

なければ道化師のそれだ。気持ちが高まっていただけに、自分の姿に愕然

としつつも、一体何を期待していたのかと自分を罵った。このまま逃げ出した

くなったが、それも大人気ないと気を沈め、再び目を閉じた。腹を据えてしま

うと、もうどうでも良くなり、どうでもよくなった分だけ気も抜けて、眠たくなって

きた。椅子に座ったままうつらうつらとしている合間に、田島さん口をイーっと

してだの、目を開けないでねとか、いろいろ指図を受けてその度に目を覚ま

てその通りにした。

 小一時間もたっただろうか。はぁい、できましたよ。うわぁ! 綺麗! などと

言う彼女たちの声で覚醒した裕三は鏡の中を覗き込んだ。そこには真っ白な

顔があり、禿げた頭は可愛らしいセミロングヘアで隠されていた。パッチリと

見開いた大きな眼は、とても自分のものとは思えない。ピンクのルージュが

引かれた唇もぷっくりとしてかわいらしい。ええ! ええーっつ! これは誰?

何これ? これが俺? 俺ってこんなに可愛いの? 様々な驚きが一気にや

てきて、先ほど落胆したのが嘘のようだった。何が顔を変えるって、髪の毛は

本当に重要なんだなとも気がついた。

 顔の出来栄えに気を良くした裕三は、衣装合わせには俄然意欲的になった。

基本的にはスタイリストが準備したものを受け入れるのだが、首元のひらひら

はもっと大きくしたいだの、何かもっと派手なショールが欲しいだの、何かにつ

け注文をつけた。が、結果的には最初から用意されていたものに落ち着いた

のだが。

 全身鏡の前で右を向く。左を向く。後ろ向きになってみる。ちょっとだけシナ

作ってみる。肩をすぼませたり、腰を動かしてみたり。これが俺? なかな

かいけるじゃん。悦に言っているうちに、浮田に呼ばれてスタジオに入る。真

ん中に三脚が置かれカメラが据えられている。浮田に促されて白いバック

前に立ち、言われる通りに佇んだ。右を向いたり左を向いたり、笑ったりか

んだり、両手を広げたり。撮影はほんの二十分ほどで終了した。

「スッゲー! 裕三さん、めっちゃ可愛いよ」

 仲間とはいえ、おっさんに可愛いと言われてこそばゆくも嬉しい気持ちで、

パソコンに取り込まれた自分の姿を見せられた裕三は、口元が緩みっぱな

しだった。

「ね、ね、この画像データ、いくつかもらっていい?」

「もちろん、いいよ。ただ、本番で使うデータは表に出さないでね」

 自分の女装写真が、実際どのように使われるのか、裕三は詳細を知らない。

だが、そんなことはどうでもいい。実際に自分の願望が実行できたことと、その

成果が手元にある。それだけで十分だ。持ち帰った写真を密かに眺めながら

裕三は思った。これ、自分で見てるだけなんてもったいない。みんなに見せた

いなぁ。だけど、趣味みたいに思われるのも嫌だしなぁ。さまざまな考えが浮か

んだが、見せたいという気持ちが勝った。裕三はパソコンを立ち上げて最近大

いに利用しているフェイス・ボックスというSNSに貼り付けた。すると、案の定、

フレンドたちから次々とコメントが舞い込んできた。褒める声、驚きの言葉、冷

やかし、だが、否定の言葉はひとつもない。

 裕三はほっとした。もし、何か嫌なことでも言われたらどうしようかと思ったが

・・・・・・しめしめ、これでひと安心だ。もし、今後どこかでこの姿をしているとき

に誰かにバレたとしても、これはあのときの延長で仕方なくやっているんだと

言い訳ができる。決して趣味などではないと。俺はいま、新たなドアを開いた

のだ。これまでは抑えに抑えていた気持ちを、もう、抑制する必要はない。い

つでもどこでも、俺はもうひとりの自分になれる。いや、俺は彼女になれる。こ

れは素晴らしいことではないか。こんなことができるのは、世界中を見回して

も、そんなに多くはないぞ、きっと。裕三はフェイス・ボックスに掲載した写真を

眺めながら何度も微笑んだ。新しいボク、いや、新しいア・タ・シ。アタシは美し

い。今度は自力でやってみる。これほど可愛くなれるかしら? うん、なんとか

出来ると思う。道具を買わなきゃァ。メイク道具と衣装と。どんなのがいいかなぁ。

何度も何度も思いを巡らし、うひょひょひょ、いっしっしと笑い声を上げた。いつし

か裕三の身体の中心は熱く硬く麗くなっているのだった。

                                    了



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