SSブログ

第六百十話 秋風 [文学譚]

 夏の名残のまま開け放したベランダの窓から、ひんやりとした風が流れ込ん

でくる。まだ半袖のパジャマで床に入っている私は、冷えてきた腕を掌でさすっ

て温める。すると、掌にあったぬくもりがダイレクトに腕に伝わり、腕から肩へ、

自分自身の体温が伝わっていくのがわかる。むろんそのぬくもりはまた掌に

戻っていく前にどこかへ消え去ってしまうのだが、感覚としては、体中に張り巡

らされた動線を電流が流れているように、体温が循環しているのがわかる。

 一昨日はまだ気温も高くて、一体今年の残暑はいつまで続くのだと不安にさ

え思っていたはずなのに、南方に台風が訪れ、昨日の午後には天候が少し

れただけなのに、夜になるとすっかり秋の風に変わっていたのだ。気温も、海

流も、南国さながらの様相を示していたおかげで、虫や魚たちはかなり北上し

ていると報じられていたのだが、こんなに急に温度が変わってしまったのでは、

彼らは古巣へ戻ることができたのだろうか。人間なら一枚上着を増やせば済む

話だが、自然界に住む生き物はそうはいかない。急激な温度の低下に命を落

としたものも、きっと多いことだろうな。そう思いながら窓外を覗き見た。

 この部屋はマンションの三階に位置しているのだが、窓から見ると、ちょうど

表通りが見渡せ、人や車の往来をぼんやり見ていることが多いのだが、今日

はなんとなく違和感を覚えた。何かが違う。なんだろう、この違和感は。しばら

くしてようやく気がついた。昨日までは青々としていた街路樹の葉がみんな黄

色く、あるいは茶色くなって枝から落ち出しているのだ。自然というものはこん

なに急激に変化するものなのか? そういえば、秋なんていうものは、残暑か

ら少しずつ気温が下がり、その気温の変化と共に動植物の様子も変化してい

く、それが日本の四季というものではなかったろうか。少なくとも、数年前まで

はそんな季節の移ろいを感じていたように思う。思い起こせば昨年も、いきな

り冬が来た。夏から、秋をすっ飛ばして冬になってしまったような気がする。そ

して今年は、いきなり冬ではないが、ストンと緞帳を落とすかのように秋の様

相に変わってしまった。道を急ぐ人を見ると、早々と秋めいた衣装の人がいる

かと思えば、半袖やタンクトップという夏装束のままで寒そうに歩いている人も

見える。やはり、突然の移ろいに、みんなも戸惑っているのだ。人にしてこうな

のだから、鳥や野良たちもさぞかし戸惑っていることだろうな。

 そこまで思いを巡らせてから、あ! と気がついた。ニャンコがいない。一

昨日までは暑そうに玄関の土間の上で横たわっていた我が家の猫の姿が

えないのだ。ニャンコは暑い時には涼しい場所を、寒い時には涼しい場所を

く知っていて、人間よりも先にいい場所を独占する。これだけ涼しければ、ベッ

ドの中に潜り込んでくるはずなのだが。

「ニャンコ、ニャンコ」

 名前を呼びながら狭い家の中を探してみる。いない。二LDKの広さしかな

い我が家では、どこにも行くところなどないはずなのだが。ニャンコ、ニャンコ。

段から、読んでも出て来ることは少ないニャンコだが、私は急に不安になっ

た。もしや、この温度の変化で何かが起きたのではないか。閉まった窓から出

った形跡もないのだが。まさか。不安になって窓から階下を覗く。窓は閉

っていたはずだから、落ちるはずもないのだが、こうも姿が見えないと、不穏

な妄想さえ生まれる。階下のエントランス横に拵えられている花壇のあたりか

ら鈴虫らしき鳴き声が聞こえる。ニャンコ、ニャンコ。眼下の花壇に向かって呼

びかけてみる。みゃぁあ。ニャンコの鳴き声にびっくとして振り返ろうとすると、

ニャンコがどこからか現れて、私と並んで窓外を覗いているのだった。

                                   了



読んだよ!オモロー(^o^)(2)  感想(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

読んだよ!オモロー(^o^) 2

感想 0

感想を書く

お名前:
URL:
感想:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました

 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。