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第五百八十一話 流行ドラマ症候群 [妖精譚]

「なんですって? 情報漏洩?」

 翔子が企画管理しているプロジェクトから顧客情報五百万件が漏れたという。

企画者であり責任者である翔子はプロジェクト部員を総動員して、その原因究

明と謝罪会見、信頼回復、様々な側面からプロジェクトのリカバリーを図ろうと

画策した。約二分ほどでそれらの全てが遂行され、顧客に向けた謝罪金五十

億円をなんとか手当出来たと安心したとき、携帯電話が鳴った。

「なんですって? 交通事故?」

 翔子が仕事に集中している間に、恋人である雄輔が湘南付近で事故に遭っ

たというのだ。慌てて病院に駆けつける翔子。病室では意識不明の雄輔が酸

素マスクをつけたまま眠っており、その側には若い女性が心配層に付き添って

いる。誰? 訊ねてみると、女性の名は恭子といい、東京でモデルをしている

のだが、雄輔とは半年前から付き合っているというのだ。翔子は一瞬真っ白に

なった。目の前に横たわっているのが本当に雄輔なのか、翔子と五年も付き合

ってきた男なのかと疑った。五分後、雄輔は目を覚ましたが、翔子のことも恭子

のこともわからない。頭を強く打って記憶障害を起こしてしまったのだ。

 一ヶ月後、雄輔は翔子のマンションにいる。なぜかそこには恭子も一緒にいる。

雄輔の記憶が戻るまで、暫定的にそのような生活をしようと翔子が決めたのだ。

翔子の仕事は、ひと月の間に概ね信用を取り戻し、順調に推移していたのだが、

会社のトップから呼び出しがかかる。

 社長室。黒沢社長の脇に控えている沼井常務がいやらしい作り笑いを浮かべ

ている。この男、能力を発揮する女性を毛嫌いする傾向がある。優秀な女性が

怖いのだ。黒沢社長が言う。翔子をプロジェクトリーダーから切り離すと。つまり、

情報漏洩事件の責任を取れということなのだ。

 家に帰った翔子は悔し涙にくれるが、気がつくと雄輔と恭子がいない。置き手

紙。申し訳ない。記憶はやはり戻らないが、俺は恭子と暮らすことにする。済ま

ない。という雄輔の手紙。翔子はその場に崩れ落ちた。

 気がつくと病院のベッドの中。友人の美沙子が心配そうに翔子の顔を覗きこ

んでいる。

「わ、私どうしたの? 雄輔は? 恭子さんは? プ、プロジェクトはどうなった?」

 目を覚ますやいなやいろいろなことが気になって、ぐるぐる回る頭の中から出

てきた言葉を矢継ぎ早に美沙子に投げた。美沙子が答える。

「何言ってるの、地味子。雄輔って誰? 恭子って誰?」

「地味子? 地味子って誰のことなの?」

「またぁ、あなたの名前じゃない。忘れちゃったの?」

「私は翔子・・・・・・地味子なんておかしな名前じゃない」

「あ、あなたまた連続ドラマに入り込んじゃってるんでしょ。翔子、雄輔・・・・・・

あ、わかった。いまやってるあれね。”富豪の祭り”。翔子はドラマを見たら

いけないって、ドクターストップがかかってたんじゃない。なのに見たの?」

 え? ドラマ? ドクターストップ・・・・・・私は・・・・・・いろんなものにすぐに

感情移入してしまって、ドラマなどは、完全に登場人物になりきってしまう。

そんな妙な癖っていうか、病気があって、医者からテレビを見ないように

言われていたんだっけ。でも。でも、私はドラマが好き。見たいのよ!

 ・・・・・・と言って、ベッドの中で泣き崩れる地味子。美沙子がそっと肩に

手をやる。美沙子の後ろには、地味子の夫が心配そうに様子を伺ってい

る。美沙子との不倫がバレているのではないかと心配なのだ。

 企画演出の山本はリモコンのスイッチを押して、映像を止めた。

「とまぁ、こんな感じの新作ドラマをパイロット版で作ってみたんだけど、次

どうかなぁ」

 プロデューサーの加藤は、本気なの? とでも言いたそうな顔をして山

本に向き直った。

「あのね、真ちゃん。仕事熱心なのはわかるけど、これ、複雑過ぎ。何が

どうなっているのやら、わからないじゃん。パイロット版まで作っちゃってさ。

もっと、こうーなんていうか、単純明快で、スカーっとしたの、考えない?」

 そうかなぁ。俺はとても面白いと思うんだけど。山本真一は何故加藤は

わからないんだろうと考え、単純明快、単純明快と、加藤の言葉を反芻

するうちに、頭の中がどんより濁ってきて、だんだん腹がたってきた。

「てめぇ! 単純明快とは・・・・・・こういうことかぁ? はぁん?」

 山本は、そう叫びながら、座っていたパイプ椅子をいきなり持ち上げて、

隣にいた加藤の頭めがけて振り下ろした。

                          了



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