SSブログ

第四百八十五話 最低で最悪の親友~実験奇譚・なんか妖怪ー2 [文学譚]

 根津は中学からの同級生だ。ローティーンという人間にとって最も大事な時

期に出くわさなかったのが、せめてもの幸いだ。金目のもの欲しさに悪事を働

くというほど貧しい家庭で育ったわけでもないはずなのだが、奴の中には生ま

れつき悪しき何かが巣食っているのではないかと、ぼくは思っていた。 

 中学の時は仲がいいどころか、ほとんど話したこともなかった。奴は成績は

悪くないらしく、むしろ実力テストはいつも上位のグループに入っていた。な

のにどういうわけだか、出来の悪い連中とばかり付き合っていて、彼らのボス

のように振舞っていた。きっと、奴は賢いやり方で落ちこぼれたちを操ってい

たのではないかと思う。徒党を組んで何か警察ごとになるようなことをしでか

した、ということは一度もなかったのだが、学校の中では教師に見つからない

ところでこっそり悪戯ばかりしていたように思う。ぼくはその様子を監視して

いたわけではないし、どちらかというと近寄らないようにしていたので、詳し

いことは何も知らない。

 高校は公立の進学校だった。その中でも成績上位者ばかりが集められた特A

クラスにぼくはいたのだが、同じそこに奴もいた。最初はいやな奴と一緒にな

ったものだと敬遠していたが、僕と奴は出席番号が近く、並ぶときは常に隣同

士だったために、自然と友達になっていった。

 人間というものは歳と共に変化するからなのか、あるいは奴ではなくてぼく

の見方が変わったからなのか、話してみるとずいぶんと普通な奴で、嫌なとこ

ろは何一つなかった。妙に大人びていて、ぼくが知らない大人の事情なんてい

うものを実に色々と知っていた。学生服の下に着ているパーカーのフードを、

いつも表に出しているという、いささか変わった服装の根津は、煙草の吸い方

とか、女の扱いはとか、金はどんなところに集まるのかとか、政治家は腐った

奴らがなるものだだとか、そんなことを熟知しているかのように話すのだった。

 中学の時には、不良に違いないと思っていた根津は、決して不良などではな

く、品行良性とはお互いに言いがたいけれども、ぼくらはともに普通に学校に

行き、落ちこぼれない程度に勉強をして、週末くらいは喫茶店で煙草を吸い、

ときどきは下宿している同級生の部屋で酒を飲んでみる。そんな普通の高校生

活を送った。そしてぼくらは都内にある別々の大学に進学した。

 大学は学びの舎だなんて考えている友人は、ぼくの周りには一人もいず、ぼ

くは落第しない程度に教室に通い、残りの時間はほとんどバイトとサークルに

費やした。ぼくは面倒くさいことは嫌いだったので、大学公認の部活ではなく、

有志が集まって勝手にやっている音楽バンドのサークルで歌を歌った。大学時

代には、根津とはもう会うこともなかったが、時おり風の便りで良くない噂が

流れてきた。

 根津は高校時代からギターを弾いており、ロックに関してはぼくよりもうん

とよく知っていた。はっきり言って、クラシックにしか興味を持っていなかっ

たぼくをロックに引き入れたのは奴だ。そんなわけだから、奴もぼくと同じよ

うにバンドサークルに入っていることは不思議でもなんでもなかった。

 当時のロックはハードロック全盛の時分で、ビートルズはとっくに解散して

いた。ロックファンの多くはイギリスに魅せられていて、ストーンズはすごい

だとかツェッペリンがどうしたとかディープ・パープルのリフがだとか、そん

な話ばかりしていた。こういうロック好きは、およそカタチから入りたがる。

破れたジーンズに皮ジャンを着てみたり、ロンドンブーツに手を出したり、ベ

ローンと舌を出したイラスト入りのTシャツを着ていたり、つまり、まともな

人間から見れば、ロックをやっている奴など、ろくな者ではなかったというこ

とだ。反対に、ぼくらロッカーを気取った若者たちも、いきってミュージシャ

ンみたいな格好をし、ショートホープだのロングピースだの慣れない辛い煙草

を吸ってみたりしたものだった。

 根津の場合は、ロックにはまったから悪ぶるようになったのではなく、元々

小悪党な性分だったところにロックがはまったということなのだと思う。アマ

チュアバンドとしてときどき出演するライブハウスに入り浸るようになってか

らは、一人前な顔をして客の女性にちょっかいを出したり、金持ちな大人の常

連客に取り入って金をせびろうとしたり、悪い評判ばかりが聞こえて来た。

 最後に聞いた悪い噂は、警察に捕まったという話だった。根津がいつも通っ

ている店の裏手にビールの空き瓶がケースごと置かれているのだが、実は中味

の入ったケースが置かれていることもあると知り、ある深夜に連れを一人伴っ

て乗用車で乗り込んできて、そのビールケースをごっそり持ち去うとしたら

しい。運悪く、その日はライブ明けで、深夜というのにオーナーはまだ店に残

っており、裏手の犯行に気がつて通報した。間抜けな根津とその友達は警官が

駆けつけたのにも気づかず、せっせと積み込みをしていたそうだ。この大泥棒

事件に、根津のことをよく知る店のオーナーは、学生ということもあるしと、

今回切りだぞと念を押したうえで罪に問わなかったそうだが、この事件はそれ

だけでは済まなかった。乗り付けた車は盗難車だったし、根津は少し酔っ払っ

てそんな馬鹿なことをしでかしたのだった。根津は車の持ち主である同級生に

も許しも乞い、結局酒気帯び運転という道路交通法違反の罪だけが残りまだ

当時は緩かった交通法規のお蔭で、免許停止と罰金という反則でカタがついた。

 後に出会った根津が、笑いながらその事件のことを話してくれた。

「裏さ。なんだって裏に行けば儲かる話なんて山程あるものだ」

そして最後にそんなことを言って嘯いた。

 あれから二十数年。ぼくはロックとはかけ離れたごく普通の会社の勤め人だ

が、根津は卒業後、まだTATSUYAも何も無かった時代にレンタルレコード店

を始め、それが成功。みるみるうちに資金を増やして会社組織にし、今では

さまざまな物をレンタルする中堅企業の経営者になっている。年に一度くらい

は酒を交わして昔話をするのだが、社長になった今でも根津の本質は変わっ

ていないようだ。

「あのなぁ、世の中には裏というものがあってな。この裏を知っておきさえす

れば、どんなことだって思いのままになれるんだぜ。」

 果たして根津が、社会の裏を操って成功したのかどうかまでは聞かされてい

ないが、多かれ少なかれそのようなことはあるのだろう。ぼくはその、裏とい

うものにあまり縁がなかったようだ。言い忘れたが、根津の名前はちょっと変

わっていて、実男と書いて、「みお」と言う。

「なんで俺の親がこんな名前をつけやがったのか知らねえけどよ、俺のこと、

絶対にミオなんて呼んでくれるな。呼ぶんだったら、”ミオトコ”にしてくれや」

ぼくはめんどくさいから”ネヅ”もしくは奴とかあいつとか言うんだが、そう、

根津の名前は根津実男。人は”鼠オトコ”と呼んでいる。

                               了 

続き:第四百八十六話 女泣かせのジョージ。   前回まで→第442話のっぺらポーラ 



読んだよ!オモロー(^o^)(3)  感想(0)  トラックバック(0) 

読んだよ!オモロー(^o^) 3

感想 0

感想を書く

お名前:
URL:
感想:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました

 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。