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第四百八十六話 女泣かせのジョージ~実験奇譚・なんか妖怪ー3 [文学譚]

 丈二は名前がイメージさせるようなバタ臭い顔立ちではない。むしろ逆で、

目尻の切れ上がった一重瞼で、鼻は高く、面長。昔の公家のような容貌をし

ている。世間がいうところのしょうゆ顔のイケメンだ。だからといって嫌味な感

じがしないのは、彼の人懐っこさだと思う。自己顕示欲の強いタイプでもない

ので、誰彼なく自分をアピールするようなことはない。なのに、とりわけ女子

の間で評判がいいのだ。

「ねぇ、ジョージ、これお願い」

「あ、ジョージ、私のもね」

「ジョージ、帰りにちょっとだけ付き合って」

 モテているわけではない。何かと頼まれてしまうのだ。丈二もまた、それを

断らないし、断らないからまた頼まれる。丈二の人懐っこい性格がそうさせて

いるのはもちろんだが、それ以上に”丈二”という名前にも原因がある。そう、

呼びやすいのだ。生粋の日本人でありながらジョージなんて外人みたいな名

前。それは素敵であると同時に、呼んでみたくなる語韻だといえる。

「ジョージ、そんなに何でもかんでも女子に優しくしてたら、彼女が出来たとき

に困るよ」

 事務所の女子社員の中でも最もしっかり者の優実からそう警告されたことが

あった。だが、時すでに遅し。丈二にはすでに美唯という彼女がいて、怒らせ

てしまったことがあった。

「ジョージ、今日、仕事帰りにちょっと付き合ってくれない?」

「いいけど、何に?」

「あのね、彼のお誕生プレゼント探したいんだけど、どんなものがいいのかなっ

て、一緒に探して欲しいんだ」

 その日丈二は美来とデートの約束があった。しかし、待ち合わせ時間は少し遅

めだし、間に合うようにすれば大丈夫だろう。

「わかった。その、彼の好きなものとか、趣味とか教えて?」

 一緒にプレゼントを探してと言った彼女、藤原沙織は、丈次より五歳下の後

輩。沙織の彼が好きなのはパソコンで、昔はゴルフもしてたけど、今はしてい

ない。服には無頓着で、いつもジーンズ姿。ウェブデザイナーなので、スーツ

は着ないらしい。

 なぁんだ、そこまでわかってるのなら、自分で探せるじゃない、と言うと、いや

いや、そこまで分かってても、男の人が欲しがるモノって難しいの。それに、出

来れば彼のダサダサな格好をなんとかできるモノをあげたい、沙織はそう言っ

た。

「じゃ、とりあえず、駅前のファッションビルで、何か探すか」

 丈二はそう言って沙織と共に駅前のHEDSというファッションビルに向かっ

た。ここなら、お洒落関係もあるし、家電系の雑貨店も入っているから、きっ

と何かいいものが探せる。丈二はまず、彼女を雑貨店に連れて行って、男

が欲しがりそうなPC周りのガジェットを、いろいろ見繕ってみた。USB接続

で動くゴジラや、PC周りの小物整理が出来るカート型の収納ケース、モバ

イル端末の面白カバーなど、次々と目の前に現れる変わったものに、沙織

は目を見張ったが、どれにも手を伸ばそうとはしない。

「うーん、やっぱり、こういうのって、なんだか子供っぽくて。男の人って、こ

んな馬鹿みたいな玩具が好きなのよねぇ。でも、私、やっぱりこういうのは

買いたくないな」

丈二が提示するグッズに「うわぁ」とか「へぇー」とか、結構面白がっていた

に、結局、ファッション系がいいみたい。丈二と沙織は、階下のメンズフロ

アーに急いだ。最終的に沙織が気に入って購入したのは、ポールスミスの

ハンチング。たかが帽子と言うなかれ。こういうのって案外値が張るのだ。

 丈二がようやくお役目を完了した時にはすでに七時半過ぎ。約束の時間を回

っている。しまったと思うと同時に携帯が鳴った。美唯からだった。

 待ち合わせ場所で三十分近く待たせてしまった美唯に、事情を説明した。丈二

の正直な説明に、一応美唯は納得して許したものの、だからね、とまだ話は終わ

らない。

「だいたい、丈二は女の子に優しすぎるのよ。もちろん、私は丈二のそこが好き

なんだけど。でも、私よりも別の女の子を優先させるなんて、許したくないわ」

「いや、別に、優先させたわけじゃ……いつの間にか時間が過ぎてしまっていた

わけで……」

「だから、そこの詰めが甘いっていうの! 私を大事に考えてくれるのなら……

いや、仮にそうじゃないとしても、先に約束してるんだから、もうちょっと注意をし

てきっちりと時間を守りなさいよ、そうよ」

 その通りであるから、何も返す言葉はない。丈二は一旦は許してもらえたと思

った美唯に、さらにひたすら謝り続けた。

 しかし、こんなことがあっても、美唯はやっぱり丈二のことが好きだ。文句は

言うけれども、だからといって嫌いになんてならない。こんなに優しい、人柄

のいい、しかもルックスもいい男、ほかにはなかなかいないんだもん。そう

自分に言い聞かせる。何しろ、こんなこと、今回が初めてではないのだから。

 これが浮気とかだったら、絶対に許さない。絶対に別れる。だけど、そうじゃ

ない。丈二も美唯のことが好きなんだし、美唯を怒らそうと思ってしてるわけで

なんでもない。だけど、元来の人のよさが故に女性たちから頼られ、頼まれ、

そのしわ寄せが美唯にやって来る。いっそ、「もうそんな優しい男を続けるのは

やめて!」ってそう言ってやりたい。だけど、それを言ってはいけないような気

がする。丈二のいちばんいいところを壊してはいけないって気がする。

 丈二は丈二で考えている。俺って、美唯が言うように女性に優しくし過ぎ? 

でもさ、俺に出来ることだったら、女性に限らず、誰にだってしてやるさ。そうで

なければ、なんか人間やってる意味がないような気がしてさ。彼女たちが、頼

んでくるんだもの。何も頼まれなかったら、わざわざ俺の方からおせっかいは

しないんだけどなぁ。一度、ポーラ姉さんに相談してみようかなぁ。

 だけど、きっと姉さんはこう言うだろうな。女性に優しくするのはいいことよ。

だけど、それ以上に美唯ちゃんにも優しくしてあげればいいんじゃないのって。

うん、きっとそんなことを言う。分かりきってるから、姉さんに相談する必要も

ないな。俺、美唯への優しさ、足りないのかなぁ。みんなに優しくする。美唯

にはそれ以上に優しくする。また女性たちが俺に頼み事をする。俺は断らな

い。そして美唯にもっと優しくする。なんだかなぁ。だんだん重たくなってきた

なぁ。

 美唯は思う。丈二は理想の彼氏だと思う。だけど、優しすぎるのがたまに傷。

でも、そこがいちばんいいところ。そのうち私たち、結婚するのかしら。そうなっ

ても、丈二は会社の女子たちに、いやいや、そうなったらご近所の奥様たちに

も、いろいろ頼みごとされて、丈二も安請負して、また私がイラっとする。そんな

ことになるのなら……なんだかなぁ。丈二の優しさが、美唯にとっては次第に

重たくのしかかってくるのだった。

 それにもし、結婚することにでもなったら、私の苗字は、丈二と同じ粉木かぁ。

粉木、変な名前。粉木ジョージと粉木美唯って……なんだかなぁ。

                         了       

続き:第四百八十七話 砂掛け野ばら。 前回:第四百八十五話 最低で最悪の親友  


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