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第百十三話 ミッドナイト・ハイウェイ。 [日常譚]

 藤村ゲンの本職はゲーム・クリエイターだった。ファミコンゲーム文化が一気に開

花し、さまざまなゲームが世に出始めた頃、おバカなアクションゲームを考案して時

代を築き上げた。その”Animals”と名づけたゲームは、襲ってくる熊やライオンなど

の猛獣を空手や投げ技で撃退していくというシンプルなもので、それなりにヒットし

たのだが、すぐに”街角ファイト!”という格闘ゲームに取って代わられた。それから

以降もゲンはさまざまなゲームを生み出したのだがどれもこれも泣かず飛ばずに終っ

てしまった。それでも最初に考えた"Animals"のおかげでひと財産は作れたので、し

ばらくは業界にとどまっていたが、ある日突然、世話になったゲーム会社の近くで

”CUT”という名の小さなバーを始めたのだった。

 「ゲン、景気はどうだい?」

入ってきたのはゲーム仲間の土屋だ。

「おう、ツッチ。お前、今日はコレじゃないだろうな?」

藤村は手でハンドルを回す手振りをしながら言った。

「クルマ転がすんだったら、ケーサは出さねーぞ。」

「おっといきなり厳しいな。オレ、最近車通勤してねえし・・・ってか、免停中だし。」

「ほぅら、言わんこっちゃない。またかぁ。飲酒運転かぁ?」

「バーカ。今は飲酒運転したら即免取りだし。駐車違反で減点がかさなったのさ。」

「あーあ、もったいない。しかし、今はもう、マイカー時代でもないし、いいじゃん。」

「ま、そーいうわけで、今日も歩き。だから、ナマ中な。」

「はいよ!生一丁!」

「プハーッ!」

ひとくち飲んでから土屋は続けた。

「で、ゲンちゃん、なんでそんなに厳しいの?いつからそんな?」

「あったりめーじゃない。今は、飲酒運転した者だけじゃなくって、飲ませた者まで

バチがあたるんだからな!それに・・・」

ゲンはかつて大変な目に会った話をし始めた。

 ゲーム会社を辞めてフリーになったゲンは、自らの力でそれなりに稼いでいた。あ

る程度の年収がキープ出来るようになった時、憧れていた黒いポルシェを手に入れた。

911カレラだ。もちろん中古ではあったが、それはよく回転するクルマだった。し

かしいくら馬力のある車でも、このあたりでは早々スピードが出せるものではない。

必然的に夜中の高速を飛ばして楽しむことになる。だから通勤に使い、毎夜毎夜回転

数を高めて喜んでいたのだ。そんなある日、仕事が深夜に及び、少々寝不足気味でカ

レラに乗った。飲酒はしていなかったが、前日の徹夜に続いての深夜帰りはいささか

きつかった。それでも、シートに座ると神経がピリリとするゲンだったから、いつも

通りに高速に乗り、家路を急いだ。ところが、深夜だというのに週末だったせいだろ

うか、途中小さな渋滞につかまり、じりじりと進む前方の車両のテールランプを見て

いるうちに何度か眠気に襲われ、目の前に迫る赤いテールランプに突き当たる直前で

なんとか目を覚ました。「ううーいけないいけない!目を覚ますんだ、オレ。」そう

言い聞かせながらようやく渋滞を抜け、スピードを上げたと思う間もなくもう下車ラ

ンプ。何も考えずにスーッと高速を降りて一般道に入ったのだが、そのとき実はまた

睡魔に襲われていたようだ。一瞬意識が飛んだかと思うと、気がつくと高速道路の支

柱に激突していた。

 「うーん・・・。」

一瞬何が起きたのかわからないまま、しかし運転座席が妙に狭い。目を開くと目の前

にエアバッグの風船が広がり、その向こうにコンクリートの支柱が立ちはだかってい

る。

「な、なんだ?これは?」ぼんやりする意識の中で「ああ、事故ったんだ。」と悟っ

た。すぐにパトカーのサイレンが響き、ゲンは自力でクルマの扉を開いて外に出た。

到着したばかりの警官が駆け寄り、よろめくゲンを支えながら言った。

「よくまぁ、無事で。怪我はありませんか?」

怪我?怪我!ああ、怪我か。自分の身体をあちこち調べてみたが、まったくなんとも

ない。 奇跡だ。クルマを見ると、911カレラの鼻先はまさにぺっちゃんこで、コンク

リートの支柱のすぐ前に運転席があった。さすがポルシェだ。こんなことになっても

命だけは守ってくれた。

 ここまで話して、名刺入れの中からそのときのへしゃげたポルシェの写真を取り出

して見せた。土屋は驚くやら感激するやら、やたら「ヘー!」を連発していた。

「そのときに思ったのよ。一度しかない人生、もっと好きなことをしなきゃぁって。」

「へー!やっぱ、九死に一生っていうのかな?そういうときには開眼するもんなんだ?」

「それまでゲームなんて、金にはなるけど、オレの一生を賭けるものではないなと思

ってて、なんかもっと根源的に人を喜ばせる仕事がしたかったんだ。」

「それがバーなのか?」

「んー、まぁ、そういうことだな。」

「それに、そういう体験をしているから、飲酒運転には厳しいってわけだ。」

「ま、そういうことだな。」

だが本当は、特にバーがしたかったわけではなく、ゲームのようなバーチャル世界で

はなく、血の通った人間が住む、リアルな世界でカタチあるものを作りたかったのだ。

たとえば料理だとか、カクテルのような。そして人の声や笑いの傍で生きてみたかっ

たという言い方は、ロマンチックすぎるのだろうか?

200701上海 519.jpg

                               了


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