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第九十話 パチンコガール。 [日常譚]

 それにしてもやかましいと思う。パチンコ店の店内放送。景気付けなのはわかるが、

入店直後は耳がわんわん鳴って鼓膜がどうにかなりそう。しかし、人間の聴覚器官っ

て不思議なもので、台を決める頃には騒音にも慣れてしまっている。初めてパチンコ

店に入ったときは、この騒々しさやもうもうと煙るタバコ、台を見つめるおじさんの

集団にぞっとしたものだが、これもいつの間にか慣れてしまった。っていうか、自分

自身が同化してしまった。和田果歩は、元来パチンコなんてしたことがなかったのだ

が、以前5年間付き合った男がパチンコ漬けだったために、影響されてしまったのだ。

 「果歩は、パチンコに行っちゃうと連絡取れなくなっちゃうんだよね。」

「あったりまえじゃない。しょっちゅう確変入ってるんだから、電話になんか出れる

わけないじゃない。いっそがしいんだからぁ。」

「で、出てるの?儲かってるの?」

「んー、まぁまぁかな。こないだなんて旅費くらいは出たわよ。」

「旅費ってどっからどこまでの?」

「うふふ、ここから北海道まで!」

「うっそ!」

 果歩の元カレは、ほとんどパチプロだった。というか、仕事についてないプー太郎

 だったから、暇つぶしにパチンコやるようになって、そのうち常に勝つようになった

らしい。それでも、そうなるまでどれほどつぎ込んだのかは聞いてないが。ところが、

実力も運には勝てないようで、負けが込みだした。その頃には果歩も一緒にパチンコ

台に座るようになっていて、むしろ果歩がビギナーズラックで勝つようになっていた。

「お前がオレの運を取ったんだ。」みたいなことを言い出して・・・それからはご多

分に漏れずっていうやつ。別れてからも、果歩はパチンコを止めなかった。止めれな

かった。もう、中毒みたいになってるのだろうか。さすがに毎日出かけるわけではな

いが、休みの日にはたいてい朝からパチンコに行く。夕方までは戻らないから、その

間果歩とは連絡不通になってしまうわけだ。

 パチンコ店の中では、それはそれでコミュニティみたいなものが出来上がってて、

お昼になると、「じゃぁ、メシ行こうか。」と誘い合わせて食事に出かける。もちろ

ん、台には”食事中”の札をつけて。3~4人で昼食を摂りながら、今日の台の調子だ

とか出の具合とかを語り合うのかといえば、そうでもなくって、最近不人気な総理大

臣の噂や、病死したタレントの話など、ゴシップネタがみんな大好きだ。それと後は

身の上話。なぜパチンコをするようになったかということを話したがる。たぶん、な

んとなくパチンコ漬けの免罪符が欲しいのだろう。数少ない女性客で、しかも美人の

果歩は格好の話し相手らしく、何度も同じ話を聞かされているし、同じ話をしている。

「そうかぁ、元カレがねぇ、とんでもねーヤツだな。自分の運のなさを彼女のせいに

するなんて。オレだったら絶対にないな。

「でもまぁ、単に悔しかっただけじゃねーの?奥さんに負けちゃってて。」

「奥さんじゃねーってーの。か・の・じょ!」

「でもよかったんじゃね?そんなパチプロ崩れな彼氏と別れて。オレみたいにちゃん

と仕事を持ってなきゃぁダメだよ。」

「そうね、そのとおりだわ。これはあくまでも副業よね、趣味と実益を兼ねた。」

「そうだよ、僕なんて仕事は部下たちがちゃんとやってるからね、どう?僕ちゃんは?」

 パチンコ漬けの人間なんてろくでもないと思うだろうが、案外ちゃんとしている。

ただ軽い賭け事が好きなだけで、最近では昔のような悪のイメージというよりは、テ

レビゲーム通が高じてパチンコに来たような若い子もいたりして、決して悪ないメー

時ではない。ただ、どうしてもお金が絡むので、金銭的にやばい人はいるようだ。幸

い果歩は元カレ伝授の技で、勝つことはあっても負けが込むというようにはめったに

ならないから、だから止められないのだ。あと、果歩自身は”集中力の訓練”と言って

るように、ちょっとした修行のように考えているフシもある。

 水曜日は果歩が阿藤紀美子と共同経営しているワインバールの定休日。果歩は今日

もまた朝十時前にはいつものWATARIYAで開店を待っている。集中力を鍛える

ために。そして人生の確変をゲットするために。


                                        了


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