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第八十九話 天使にお願い。 [可笑譚]

 いつもそばにいてくれて、私が困っていたら助けてくれる、私の願いを叶えてくれ

る、そんな守護天使がいてくれたらいいのに。慶子はいつもそんなことを夢想する。

だって世の中なにひとつ思うようにならないんだもの。せめて付き合っている彼氏と

のことくらいは私が思うようになってくれたらいいのに。

 小倉慶子はもう50歳を迎えてしまった。一度は結婚していたが、夫との気持ちが

合わずに、十年前に離婚してしまった。夫に親権を持っていかれた娘も、もう成人し

ていまでは友達付き合いのようにしているが、母親として一緒に過ごすべき子供の青

年期の貴重な時間は失ってしまった。母親失格だと自覚はしている。だけど、なんの

ための結婚だったのか、なんのための人生なのかわからなくなってしまう。仕事も決

して順調とはいえず、男性上司とぶつかってばかり。自分の方が正しいのに。

 いま付き合っている彼氏は三歳年上。妻子持ちだが、ほとんど別居状態にあると聞

いている。だから罪悪感を背負うこともなくお付き合いしているのだが、それも思い

通りに楽しめているとはいいがたい。

「今度の連休はどっかに連れてってくれるんでしょ?」

「ああーそうだなぁ、今度の連休はあいにく仕事だな。出張が入ってるから、最終日

だけは部屋にいけるかもしれないけど。」

彼が嘘を言ってるとは思いたくないが、本当は家族サービスなのかもしれない。でも、

あの人がそう言っている限り、嘘でしょ?なんて聞けやしない。そんなことを言おう

ものなら、もしかしたら話が悪い方向に言ってしまうかもしれないから。ほとんど別

居しているとはいえ、向こうはまだ婚姻中なんだもの。付き合って三年も経つんだけ

れど、まだまだわからないことだらけだわ。会話がすれ違うこともたくさんあるし。

 私の誕生日を祝ってくれた夜、私は少し酔っぱらって彼に甘えてしまった。

「ねぇ、今夜は一緒にいてくれるんでしょう?」

「いいけど、朝までには帰らなきゃならないんだ。明日朝早いんでな。」

「いやだ、朝帰るなんて。私が目覚めるまでベッドにいてくれなきゃぁ嫌!」

「そんな無茶いっちゃいけない。俺だって仕事があるんだから。」

「じゃぁ、もう帰って!さっさとお家に帰りなさいよ。」

「また、そんなことを…」

「帰りなさいったら!奥さんが待ってるんでしょ!」

「……お前なぁ、せっかくの夜が台無しだよ!」

そう言い捨てて本当に帰ってしまった。もしそのとき、エンジェルがいてくれて、私と

彼の間を見えない絆で取り次いでくれたなら、嫌な思いをせずに済んだのに。本当は私

が無理を言わなければよかった。それか、彼が私の甘えを素直に受け入れてくれたらよ

かった。そうよ、彼は男なんだから、私をもっと大切にしなきゃぁ。彼の守護天使が、

あっちの奥さんにちょちょいと粉をかけて、彼をもっと自由にできるようにしてくれた

ら何も問題は起きないのよ。それか、彼にもっと気持ちを大きく持つように仕向けてく

れたらいいのよ。あ〜あ、もう、嫌になってしまう。私の守護天使さん、いないの?

 もやもやした気持ちで仕事なんてできるわけがない。昼間っからイライラしてしまう

のも、私の天使がちょちょいって出て来てくれて、この山のような仕事を片付けて…

「おいおい、小倉君、ぼんやりしてるんじゃないよって…眠ってた?なぁ、しっかりし

てよ、これ、入稿迫ってるんだからね!頼むよ!」

あら〜しまった、仕事中だったわね。それにしてもいつもうるさいディレクターだわ、

天使さぁん、あの口を黙らせて〜!
                       了


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