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第九十一話 キャットウォーク。 [文学譚]

 公園の片隅に段ボール箱にビニールシートがかぶせられた猫小屋が二つおいてある。

普段は姿を見せないが、日が暮れてしばらくすると猫たちがその周りに集まってくる。そ

して餌が入った大きな箱を抱えた佐倉愛子が現れるのだ。

 佐倉愛子はこの公園からは少し離れたところで商売を営んでいた呉服問屋の娘だ。昔で

いえば”いとはん”である。かつては大きな商いをしていた愛子のこの実家も、世の波に飲

まれてしまって今や小さなクリーニング取次店に姿を変えてしまった。愛子が幼少だった

頃、まだ存命だった母親が近所に捨てられたのら猫を非常に可愛がり、一時期は10匹を

越す猫たちが実家の母屋をうろうろしていたのだ。母の死によって、いつしか猫たちも1

匹2匹とどこかに姿を消してしまったのだが、愛子にとって母の愛猫心は強烈なイメージ

として残っている。そしてこの地に自分の部屋を持つようになった愛子もまた、母親の意

思を継ぐように、近所ののら猫たちを気にかけ、餌をやり、時には病気の猫を救うために

自室に囲い込んだりもした。

 のら猫というものは、年に2回ほどサカリが来て、その度に子猫が増えていく。可哀相

な子猫が生き延びる確立は非常に低く、また生き延びたとしても、近隣住民たちの悩みの

種として追いやられてしまう。そういう状況を見かねた人々が、餌をやるだけではなく、

子猫が生まれているのを見つけたら里親を探し、また子猫が生まれないように親となる成

猫を捕まえては去勢手術を受けさせる。すべて自費でこれを行うのだ。愛子もそんな猫ボ

ランティアの一人だった。愛子の部屋には今五匹の猫がいる。だが、これ以上増やすのは

無理だ。そこで、毎日朝晩公園に出かけていっては餌をやり、糞の始末をする。

 公園に誰かが張り紙をする。

「猫に餌をやるなら、糞の始末もしろ!」

愛子は張り紙を黙って剥がしながら、困ったものだと顔を曇らせた。餌をやるだけではな

く、糞の始末はもちろん、公園の掃除、猫たちの去勢、保護、すべてを一人でやっている。

これ以上何が出来るというの?近隣には愛子と同じようにノラ猫の世話をしている人間が

少なからずいる。それぞれの住まいの周りを中心に、同じように猫ボランティアを続けて

いるのだ。それぞれやっていることや考え方は少しづつ違っていたりはするけれど、可哀

相な動物の命を大切にしたいという想いは同じなのだ。だけど、一方では愛子たちの行

動を批判する人間もいることも事実。猫が嫌いだったり、猫アレルギーな人もいるだろう。

猫が嫌いなわけではないが、こうした動物保護が理解できないという人もいるのだろう。

それはそれで考え方はそれぞれだから仕方がないし、猫の気持になれと矯正するわけ

にももちろんいかない。結局、人知れず誰にも迷惑がかからないように、自分が信じる

ことを黙って続けることしか今はできないわけだ。

 猫が通るような狭い通路をキャットウォークという。今、一匹の猫が公園の生垣と塀の

間を歩いている。そして軽々とブロック塀に飛び乗って姿を消した。出来るだけ人目に触

 れないようにと知っているのか、もはや姿を見せない。今まで公園にいたほかの猫もいつ

の間にか姿を消してしまった。音を立てずに静かに歩いているキャットウォークのこの先

は、どうなっているのかしら?この公園から猫たちがいなくなってしまう日が来るのかし

ら?それはいい意味で?それとも悪い意味で?愛子はとりとめもなく猫たちの将来を思い

描くのだった。

                                了


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