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第六十八話 我あり。 [怪奇譚]

 我、思う。故に我あり。(デカルト)

 「ね、私の不思議体験はそんなところ。このUFO話くらいだな〜。で、美鶴実のは

どんな話?」

甘子たちが集まると最後にはたいていこんな話になる。最初は最近の恋バナや買い物

の話とか取り留めもない近況話なんだけど、話し尽くすと、誰ともなく不思議体験だ

とか、怖い話だとかを話し出す。今回は美鶴実が話を振って来たのだが、どうやら自

分の体験談をしたかったようだ。

「私のはね、幽体離脱ってやつ。最初はね、小学生の時だったかなぁ。」美鶴実の話

は、佳津子にとって聞くのは二度目だったが、どんな話だったっけと、黙って聞くこ

とにした。

 最初に体験したのは美鶴実が小学2年の冬だそうだ。まだ建て替える前の実家の古

い階段を踏み外して落ちた。頭を打って気を失ったのだが、両親が慌てて病院に担ぎ

込んだ。CTIやらMRやら大騒ぎしたのだが、幸いどこにも異常はなかった。だが美

鶴実は気を失って病院のベッドで眠っている自分を天井から見ていたそうだ。なんだ

かふわふわした感じで天井に浮いていて、最初はどうなってるのかわからず、ベッド

に眠っている自分を見ていても、それが自分だとは気がつかなかった。眠りから覚め

てベッドにいる自分を見つけて初めて、あれは自分を見ていたんだなと気がついたの

だが、それを両親に話しても、まだ十歳足らずの子供が言うことでもあり、それは夢

だよと言われてそうかなと思い、それきり忘れてしまった。

 それからしばらくは何も起きなかったのだが、中学に上がって間もなく、父親が経営

する食品問屋の経営がまずくなって、父も母も朝から晩まで金策や取引先との交渉に駆

けずり回っていた。父は会社に寝泊まりする日々が続き、父親っこだった美鶴実は寂し

く思っていたそうだ。ある日の午後、学校から帰った美鶴実はつい机の前でうたた寝し

てしまったそうだ。その眠っている間に、美鶴実は父親が取引先と大声で話しているの

を上から見ていたそうだ。父があまりにも興奮して話しているので、思わず「落ち着い

て!」と声をかけたら、穏やかな口調に変化したという。相手のおじさんにも「お父さ

んの話を聞いてあげてね」と声をかけたが、聞こえたのかどうかはわからない。後から

聞いた話だが、その日を境に、父の経営も落ち着きを取り戻し始めたという。

 ささいな幽体離脱はほかにもある。実家から独立して暮らし始めてから、遠く離れて

いるはずなのに実家の犬と遊んでいたり、東京に住む弟の隣にほんの一瞬だが立ってい

たり、どれもあまりにも短い時間の出来事なので、夢だと考えられなくもない。

 眠っている間の幽体離脱体験は、夢だと言われればそうかもしれないし、もしかした

ら夢遊病を疑ったこともあるが、夢というにはリアル過ぎるし、夢遊病だとしても空中

に浮かぶことはできないからそれは違う。それに、最近では起きているときに起きるの

だ。

 前の彼氏と別れ話をしている時、美鶴実は自分の姿を元カレ越しに見ていたという。

それから「じゃぁ、元気でね」ととても冷静なお別れをする二人の姿を空から「可哀想

な美鶴実、可哀想かわいそう…」と思いながら見ていたそうだ。可哀想だと思っている

うちにふと気がつくと、元カレとは違う方向に泣きじゃくりながらひとりで歩いている

自分に気がついたのだ。

 眠っている自分を天井から見ているという話は時々聞くけれど、起きたままの自分か

ら抜け出しているような話は珍しい。起きて行動している自分をもうひとりの自分が体

から抜け出してどこかから見ているとすれば、その時体の中にいる自分はいったい誰な

のだ?魂なしで行動しているのだろうか?それともリモートコントロールみたいな?も

し、行動している自分も、天から見ている自分も、どちらも同じ自分だとすれば、両方

の意識があるはず。だが、自分自信を意識しているのは、体を抜け出している方なのだ。

天から見ている自分に見られている自分という意識は持ったことがない。だとするとや

はり、それは誰?美鶴実の話を聞きながら、以前聞いたときに感じた違和感を加津子は

思い出していた。

 加津子は思う。そういえば、最近、美鶴実は上の空になることが多い。上の空という

か、突然別人になってしまったかのようなチグハグな会話や行動を取ることがあるのだ。

それは、人の話を上の空で聞いていないからだと思っていた。だが、もしかしたら…加

津子は考える。もしかしたら美鶴実じゃない瞬間があるのでは?丁度いまもそう。たっ

た今までおいしいと言っていたお酒が苦いと言い出して水を注文した。ささいなことで

はあるが、そのような行動になんだか違和感を感じるのだ。

「美鶴実、大丈夫?酔ったんじゃない?」

「あれ?あたしいま、何してた?最近ね、起きているのに眠ってしまうことがあるのよ

ね〜。年かしらね、まさか…」

確かに、今、美鶴実の目つきがいつもと違う。どうとは言えないが、感じが違う。いつ

もの優しい眼差しが、ちょっとつり上がった感じに。「加津子…」不思議なことに、今

目の前にいる美鶴実とは反対の、私の後ろから美鶴実の声がしたような気がした。

                      了





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