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第六十九話 もしかしてヨーグルト。 [脳内譚]

 私が悪いのは、わかってる。だけど、あんな言い方ってないと思う。いつもそうな

んだ。自分は絶対に正しい!って感じで言ってくるから、こっちはカチン!ときちゃ

う。

 姫子と拓郎は一緒に暮らし始めてもう五年が経つ。もちろん恋人同士なんだけど、

恋愛というよりは、お互いにスピリットが呼び合うというか、気持がフィットすると

いうか、そんな感じで惹かれあった。ふたりとも、世間一般のオアツイ恋愛とはちょ

っと次元が違うような気がしている。普段はとっても仲がよく、仲のいい恋人同士ね

と冷やかされることももちろん多いけれども、時には仲のいい兄妹ですね、なんて間

違われることもある。つまり、そういう空気感を醸しだしているふたりなのだ。

 それほど仲のいいふたりなのだが、二月に一度くらいは非常に些細な原因で喧嘩に

なる。喧嘩といっても、これも世間一般でいう言い争いとか殴り合いとかいったもの

ではなくって、プツン!と線が切れたかのように口がきけなくなってしまうのだ。い

わゆる冷戦。ひどいときには1ヶ月近くお互いに無視し合ったこともあった。今回も、

とてもつまらないことが原因で冷戦に入ってしまった。

 冷戦開始の日の朝、姫子は冷蔵庫の中に好物のヨーグルトを見つけて食べてしまっ

たのだ。姫子も拓郎もヨーグルトが好物で、とりわけこのヨーグルトは田舎の酪農家

手作りというのが謳い文句なだけあって、割高だけれどおいしいのだ。近くのスーパ

ーにはなかなか入荷しないのが残念なんだけど。そんな特別なヨーグルトだけに、発

見するやいなや「いただきっ!」っと食べてしまったのだ。後から起きてきた拓郎が

それを知って言った。

「あーあ、姫子はいつもそうなんだよなー。人が大事に取ってあるものを平気で取り

上げてしまう。今まであんまり言わなかったけど、姫子のそういうトコ、食い意地の

はったトコも、とてもイヤだ!」

 あ、何それ?ヨーグルトごときで人の全人格を否定するようなモノの言い方!拓郎

こそ、いつもそうなんだ。姫子は思ったが、口には出さない。それが姫子のキレ方だ。

黙っていると拓郎が言った。

「あ、また怒ったんだ?」

「ううん、私、怒りをコントロールできるから。」

そう言ったまま、ふたりは口をきかなくなってしまう。いつもこんな感じ。どっちが

悪いっていうほどの原因でもないし、第一ふたりとも意地っ張りというか根性ワルだ

から、絶対に折れない。こうして気まずい空気のままそれぞれ何も言わずに会社へ出

かけた。

 夕方、いつもならメールでそろそろ帰るヨーなんてやり取りがあるのだけれども、

こういうときはもちろんメールも電話もなし。あーあ。嫌な感じ。やっちまったな、

また。私がツンとしちゃったのがいけないのはわかってるけど、向こうだって、あん

なひどい言い方、一言くらいあってもいいわよね。そういえば二~三日前に、話して

たとこだっけ。最近喧嘩しないねーなんて。それにふたりとも意地っ張りだから謝ら

ないよねってことも。だけど、あいつは平気な顔してるけど、私は本当は気分を害し

てるんだからどうしようもない。謝るとかそういうんじゃなくって、この気持が治ま

るまではどうしようもないわ。それにしても、あいつ、また凹んで落ち込んで暗~く

なるんだろうな、しばらく。ああーイヤだ嫌だ。

 姫子はもう!またはじめやがった。オレが何したよう。嫌なことをイヤだって言っ

ただけじゃん。だいたい姫子が人の物を食っちゃうから。あれ、二つ買ってきて、俺

だけ食いそびれてたんじゃんか。また買ってくればいいことだから腹は立たないけど、

ここは教育的指導だと思って、いつも姫子の好きにさせないぞって思って注意したん

じゃないか。そんなことでいちいちむくれられたら、何もいえないじゃんか。オレ、

今年はガマンしないって宣言したぞ、年の初めに。だから言いたい事を言っただけじ

ゃんか。でもさ、またこんな空気が1週間も2週間も続くと思ったらぞっとするな。

やっぱ、何が何であれ、自分が悪くなくっても謝るのは男の役割なのかなぁ?女って

ヤツは、ほんとうに・・・。

 その日の夕方。姫子はすっかり忘れていた。冷戦中だってことを。だが、家に帰り

つく頃にようやく思い出して思った。「ああ、そうだった。またくらぁい空気の中で

過ごすのかぁ?」拓郎は朝からズーっと気分が優れない。朝嫌なことがあると、一日

中、いや一日どころか何日も引きずってしまうタイプなのだ。ひどいときにはこのま

ま屋上から飛び降りたい!みたいな衝動に駆られることさえある。だから、仕事が終

ってもぐずぐずして家に帰りたくなかった。

 拓郎は思う。こんな感じだったら家に帰っても辛いな。どこかで飲んで帰ろうかな…

いやいや、そんなことをすればまずますこじれるだけだし。謝る?何で。何をよ。”あ

んな言い方して悪かった”って・・・?それはいやだな。だって、それじゃまたオレが

奴隷以下になってしまうじゃん。やっぱ、家に帰って静かに黙っていよう。姫子の気

分が治るまで、知らん顔しとこう。

 もちろんその夜もふたりは一言も会話を交わさない。いつもなら一緒にテレビを見

ながら食事をするのだが、こんなときはお互いの部屋に引っ込んでしまって顔もあわ

さない。それぞれが好きなことをやっているので、むしろ趣味のためにはいいのかも

しれない。だが、その冷たい空気たら!昨日までニコニコしていた人間が二コリどこ

ろか目を合わせようともしないのだから。食事だって、買い置きのカップ麺や冷蔵庫

にあるモノをいつの間にかこそこそ食べる。世のカップルってみんなこんな感じ?ふ

たりとも、お互いにそんなことを考えている。だが、口にも出さず、顔もあわせず、

お互いの感情が熟成して溶け出す機会を待っている。

 男女の間ってもしかしてヨーグルト?ドローっとしていろんな菌が熟成するまで、

すっぱくなったり、苦くなったり、おいしくなるまで待つのがいちばん、そう思わな

い?

                     了


タグ:冷戦 喧嘩
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