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第六十六話 コンフィデンス(自信)。 [脳内譚]

 「男は黙って・・・」ずーっと高倉健さんに憧れていた。健さんが演じる男はいつも

寡黙で、余計なことは何一つ表面に現さず、かといって頼りないわけでもなく自信に満

ち溢れているかのように見える。ところが現実社会の中で、健さんのように寡黙に過ご

していると、単にネクラな男か、さもなければ頼りない情けない人物になってしまった

ように感じる。実際、周りの人々からは、そのようなレッテルを貼られているのがよく

分かる。

 この世に、自信をもっている人ほど強い存在はない。自信過剰であればこの上ない。

自信過剰な人は、たとえ本当は間違っていたとしても、本人は決して間違っているとは

気づいていないから、堂々と人に意見をする。こういう自信過剰な人間の発言は、妙な

オーラに包まれていて、得てして力強いから、相手に大きい影響力を持つ。そして影響

力を持つから、なんとなく周りから支持されてその結果、権力者の地位を手にする。成

り上がりの社長や叩き上げでのし上がってきた政治家などはいい例だ。一方、自信家で

はなく、親からの相続や世襲的に権力を手にしたトップは、なんだか頼りなく、おいお

い大丈夫かという気にさせられる。

 私が住む町の町長村田はじめは、ちょうどそんなタイプの政治家だ。同級生だったの

で小さい時から知っているが、成績がいいわけでも、立派な思想を持っているわけでも

ないのに、地域の名士の出で金持ちだということだけで、子供の頃から周りに仲間をは

べらせ、ボス的存在であり続けた。大人になって、親の家業である土木会社の経営者に

納まっていたが、悪友たちに乗せられて町長選挙に出馬したところ、不幸にして初出馬

にして当選してしまったのだ。

 田舎の小さな町だけに、第1任期は何事もなく、町議会議員が提出してくる書類に判

をついていればよかったのだが、このたびの大災害のおかげで大きく状況が変わってし

まった。幸いこの町には大した被害はなかったのだが、となり町が大変なことになって

いるのだ。多くの世帯が全壊し、たくさんの人々が津波に呑み込まれてしまった。もち

ろん、当初は人命救済のために町民をとなり町に向かわしたり、町議会がいうままに募

金活動を奨励したりしていたのだが、数週間が過ぎる頃には、被害を受けていないこの

町にもさまざまな問題が生じていることに人々は初めて気がついた。近隣地域の被害に

よってあらゆる産業がダウンし、交通手段やライフラインの崩壊が、この町にも大きな

影響を及ぼしていたのだ。

 生活物資の不足に困窮する町民からの訴状が来る、資金不足を目の当たりにしている

議会からの書類が上がってくる。周辺地域からは数々の救援要望書が届く。被災地に向

かうボランティア団体が、被害の少ないこの町に要望書を出してくる。国からの支持が

来る。ありとあらゆる政治的手腕が問われる事態が一挙に村田のもとにやってきた。そ

もそも知恵もなく政治経験もない村田はその上判断力にすぐれているわけでもない。最

初は何も考えずにいわれるままに判子をついていたが、真っ向から対立する2つの要望

書の両方に判をついてしまうようなことが多々生じて、町中を混乱に陥れた。

 援助金を出す書類と、町内資金をプールするという書類。ボランティアを受け入れる

書類と、町民生活を第一義にするという書類。人的救援を増やす書類と、町内支援を強

化する書類・・・。こんな拮抗する要望を大岡裁きみたいに処理できるわけがない。混

乱して詰め寄る町会議員や、要望書を手に押し寄せる町民たちに向かって村田が出来る

ことといえば、大声で「だれか、何とかしろ!」と叫ぶばかり。

 これまでは村田の堂々として自信たっぷりなそぶりに信頼を強めてきた町民たちは、

今初めて町長の自信には何の裏打ちもないことを知ることになるのだった。

 斯くいう私、木村雄之助は、名前こそ立派だが、先に書いたように男は黙っていたい

タイプだから、以前同様人さまから支持されることもなく、ただこつこつと自分がする

べき生活を続けている。バイクでとなりまちへ出かけ、崩壊した町の人々の要望を探っ

て、必要なものを届ける。ボランティアとしてささやかな行動を黙って続けることが、

今いちばん大事なことだと誰よりも思っているからだ。


                    了


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