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第九百八十三話 狂気の狭間で [文学譚]

 岩崎敦夫はウルトラ世代だ。小学四年生のときにテレビで放映されたウルトラマンに度肝を抜かれ、学校では毎日シュワッチを連呼して過ごした。それ以来毎年ヒーローが進化していくウルトラシリーズを見て大人になった。当時はまだビニル製のフィギュアなどなかったが、敦夫のお年玉はほとんどジェットビートルやウルトラホークなどの高価なプラモデルに変わった。

 高校生活ではさすがにシュワッチとは言わなかったが、同級生たちはみんなウルトラマンに魅せられて育っているので、はじめて出会った友人とも同じ話題で盛り上がることができるのがうれしかった。

 ところが大学生になって間もなくさらに衝撃的な出会いがあった。映画スターウォーズとの出会いである。ジョージ・ルーカスがどうとか、ジェダイがどうしたとか、スカイウォーカーがなんだとかいうことも心を捉えたが、なんといってももっとも敦夫の心を支配したのはダース・ベイダー卿だった。エピソード4~5まで、ダークサイドを牛耳る銀河帝国皇帝パルパティーンの部下でありながら、事実上はすべてにおいて悪の権化のようにふるまうベイダー卿になぜ惹かれるのかわからなかったが、エピソード6になってようやくベイダー卿がルークの父であることが分かると、自分の心を捉えたわけがわかったような気がした。ほんとうの悪ではなかったのだと理解したのだ。

 さらに二十年をおいて、今度はエピソード1が上映され、すでに四十を越えていた敦夫もまた学生時代のように胸を膨らませて映画館に出かけた。あらかじめ内容の一部を把握していたものの、アナキン少年というダース・ベイダーの子供時代が描かれている本作は、ほぼ全編子供の映画のようで、ベイダー卿が出て来ないのが不満だった。やがてエピソード2を経て1から6年待ってようやく3が上映され、アナキンがいかにしてベイダー卿になったのかが明らかになると、敦夫は涙を流して画面を見続けた。

 敦夫は十八歳ではじめてダース・ベイダーを目にしてから、ずっとベイダーフリークだ。あのヘルメットはもちろん、大小さまざまなフィギュアを買いそろえ、全身コスチュームも数体持っている。なにか催しがあるたびにベイダー卿のコスプレで場を賑やかしてきた。それほどまでにベイダー卿にとらわれている敦夫は、実は実生活の中でも人知れずベイダー卿に捉えられ続けてきた。

 フォースの力を信じ、常に自らの力を磨き続けた。就職試験や会社に入ってからのプレゼンテーション、昇進試験など、なにかと戦わねばならないときには必ずフォースの力を利用して勝ち抜いてきた。気に入らない上司や同僚のほとんどがどこかへ鎖線されていったのもすべて敦夫のフォース力のなせる技だ、と信じて疑わない。もちろん、そのようなことを誰かに言ったりはしない。職場に仲間であるジェダイの戦士が現れたなら別だが、一般人にフォースの話をしても頭がおかしいと思われるだけだからだ。もちろん鞄の中には特注した本物に限りなく近いライトセーバーを常に忍ばせているが、現実社会ではこれを使わねばならないチャンスはいまだあったことがない。

 こうして徐々に力を蓄え、社内の地位も確保してきた敦夫は、五十歳になったときにはトップではないものの、部署長にまでのし上がっていた。これは、皇帝が上にいるベイダー卿と、まぁ同じような立ち位置であるから、敦夫は大いに満足していた。

 ところが好調上向きだった日本経済が下火になり、リーマンショック以来各社ともに大きな経営方針の転換が求められたとき、敦夫は上層部から移動を命じられ、部下の中でも最も優秀だとされている地江という男が自分のポストを引き継ぐことを告げられたときに、ついに敦夫の中のなにかに火がついた。

 役員室から戻る廊下を歩きながら、これは反乱だ。きっとあいつが仕掛けたに違いない。まてよ? 地江とは……やつの名前はひろし……大と書く……地江大、ジエヒロシ、ジェダイとも読める。なぜ気がつかなかった。奴はジェダイの戦士だ。

 デスクに戻ると敦夫は鞄の中からライトセーバーを取り出し、背広の袖口に隠し持った。地江のデスクは目の前だ。奴はこちらに背中を向けて座っている。敦夫は立ち上がって叫んだ。

「地江……いや、ルーク! おまえはわしの息子なのだぞ!」

                                                                                                                            了


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