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第八百五十七話 嘘つき [文学譚]

 小高い山の裾野を這う細い坂道を下ると、青いフィルターをかけられた天と地が溶け込んでいた。 なにかしら比喩的な異世界が見つかるのではないかという気がして、つい歩に力が入るんを感じた。

 すぐに比較的広い道路に出くわして、鉄を纏った生き物が通り過ぎるのを待ってからそこを横切り、そのすぐ向こうにある抜け穴のような寂れたアーケードをも踏み越えて行くと、ようやく波の音が三半規管をくすぐった。

 遠い彼方から手を伸ばしたうねりが大地にばらまかれた星屑をさらっていく様子を想像していたのだが、四角い灰色の石の向こうはいきなり深緑の淵になっていて、あいにく足を浸すことさえできそうになかった。星屑の代わりに灰色のかけらを持ち去ろうと足掻いている水勢の様子に見飽きた頃、天地の境目あたりにミニチュアァの船舶を発見した。最初は白い小箱が浮いているのかと思ったが、それは大型船舶に違いないと見定めた。流されているように見えたそれは次第に大きさを増し、気がつけばミニチュアァなどではなく鉄の生き物を何台も飲み込む程に大きな船であることがわかった。

 やがてその巨大船舶は灰色の岩に音もなくたどり着き停止した。化石生物が吐く息の臭いと共に、ようやくいくつものギアが軋む音がして、閉じていた下顎が下がって大きな口内を晒す。その中からは思ったとおり飲み込まれていた鉄の生物たちが何匹も吐き出され、晴れて自由の身になった彼らは俄かに眼を覚まして蜘蛛の子のように逃げ出すのだった。

 僕がここまでを読み上げたとき、眠そうな教室に机を並べている生徒の中から声が上がった。

「嘘つき!」

 教師は誰が声を上げたのか見渡したが、声の主は上手に姿を隠していたのでわからないようすだった。ともかく教師は眉間に皺を寄せ、唇を少し歪めて考える振りをしてから口を開けた。

「誰だか知らないが、嘘つきということはないな。だが……」

 教師は眼鏡を外してハンケチでレンズを拭きながら続けた。

「要は、山道を降りて海岸線に出たら、砂浜ではなく岸壁があって、フェリーが到着したということなんだな? そうだな? 春休みの作文にしてはずいぶん凝った書き方をしたな、田中」

 僕は黙って褒めてもらうのを待っていた。

「だがな、田中。これは恥ずかしいぞ。こうやってレトリカルな文章を書けば褒めてもらえると思ったら大間違いだ。もっと普通にありのままを書いてご覧。そのほうがずっとこともらしくていい作文になるから。君は文学を気取っているのかもしれないが、文学って……途方もなく恥ずかしいことだぞ」

「恥ずかしい! 恥ずかしい!」

 クラスの皆がはやし立てる。

「ぶんぶん文学恥ずかしい」

 その日から僕は皆から”ぶんぶん恥”という渾名を授けられた。

                                    了


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