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第八百五十六話 海辺飯店公司 [妖精譚]

「んだば、メシ行きましょかな」

 工場奥にある事務所での商談が終わると、陳翁が言った。

「いい処あるあるよ。シーサイドレストランね」

 シーサイドレストランと聞いて、俺はニューヨークのイーストサイドにあったベイエリアカフェを思い出した。イーストリバーに面したテラスで食べたロブスターが美味かった。そうか、この街にもニューヨーク並みにお洒落な店ができたんだなぁ。そう思っただけで口の中にシーフードの香りが広がるようで、思わず唾を飲み込んだ。この街の自慢のスポットよ、ワタシ最近毎日行ってるよ、きょうはワタシご馳走するよ。早く店を紹介したいという意気込み満々の陳翁に急かされるままにタクシーに乗り込んで件の店に向かった。

 海に囲まれた半島にある街であるから、車に乗ればすぐにベイエリアにたどり着く。どんなにお洒落なエリアなんだろうと胸躍らせながら着いたのは、お洒落でもなんでもない下町の外れにある倉庫街の一画。そっか、ロフトを改造した店なんだな。そう思いながら陳翁の後ろを歩く。と、目の前に薄汚れた木造の海の家のようなあばら家が見えた。

「ここね。着いた着いた」

 陳翁は弾むような足取りで建物に入っていく。なんだぁ、これ。ここが……レストランなのか? 入口をくぐると煮物の香りが鼻をついた。ん。こりゃぁなんだ、ナンプラーの臭か? 美味そうというよりは、アジアの屋台に広がっていそうなあの匂い。おいおい、ロブスターはあるのか? オイスターは?

「さ、ここに座るね」

 陳翁はやはり常連であるのは間違いないのだろう。アイヤー、ソイヤー、ナンヤラヤー。店の奥でオーナーらしい男と楽しそうになにかしゃべっている。円卓に戻ってきた陳翁はニコニコしながら言った。

「本日の特製料理、美味そうなのぜんぶ頼んできたね」

 俺がどんより曇った大窓の外を眺めていると、昼間なら眺めがいいよ、ここは海が見えるサイコーのレストランね、と言って嬉しそうに笑う。確かに窓の外はすぐ海のようだが、薄明かりの下でちゃぷちゃぷ音を立てている水面には瓶やらプラスチックやら、いろいろなものが浮いていて、とてもきれいな海とは思えない。そう思って見ていると、なんとなくドブ臭い臭いが漂ってくるように思えた。大丈夫かよ、この店。

 やがて醤油や油で汚れたままのエプロンをつけたウエイターが料理を運んできた。見ると陶器のボールの中にはどす黒い液体が湯気を立てながらなみなみと入って揺れている。

「おおー、これはオーシャンスープだ。美味いよ」

 スープ皿に注がれたその黒いスープを口にしてみたが、生臭い潮の味。まさかこの海の水を温めただけのものでは?

「ここの海のスープは栄養たっぷり!」

 陳翁はあっという間にスープを飲み干してしまった。

 次に運ばれてきたのは大きな深皿の中にやはり黒々としたなにものか。

「これこれ。この店の特製ね」

 言いながら皿にシェアしてくれたのはいいが、魚を煮つけたらしいこの料理もまた不気味な香りを放っていた。この魚はなにかと問うと、”変鯛煮付け”だと答えた。ヘンタイニツケ? 変態に付け? けったいな……。料理は次々と運ばれてくるが、どれもこれも色合いの悪い気色の悪いものばかり。本場で食べる北京料理というのも多かれ少なかれこんな感じだったなぁと記憶の中を探る。蛙だの、田螺だの、魚の腸だの、そんなものばかり煮たり焼いたりして食っているのかなという、それあ北京料理の印象だった。

 俺がどれもこれも食べあぐねていると、ようやく蟹みたいなものが運ばれてきた。

「やった、これ、上海蟹でしょ?」

 小声で聞くと、「うんにゃ、上海蟹はいまは季節じゃないね、これはもっといいもの」と陳翁。ではなんというものか? 

「これは上海蟹似ね」

「ほら、やっぱり。上海蟹を煮つけたものじゃない」

「違う。上海蟹に似ている蟹、上海蟹似ある」

 よく見ると黒々と煮つけられたその蟹には十本以上の足がついている。これ……蟹じゃないじゃん。

 とにかく大陸の人間はなんでも食う。噂ではいまでも犬猫を食う地域もあるというから、油断できない。俺はこの街のシーサイドレストランはこれっきりにしておきたいと心底思った。

                                    了


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