第八百二十六話 圧力鍋でポン [文学譚]
「おお、そうか。ちゃんとできたのか、うん?」
「そりゃぁもう。はじめてだったんでちょっと手間取りましたけどね」
「そりゃそうだろう。こんなもの、そんなに簡単に出来てしまったら、プロなんていらねぇわな」
数日前、竜二は兄貴分の小藪から圧力鍋を手に入れて火薬を仕込むように言われたのだった。そんなもの仕込んで兄貴はどうするのつもりなのかと思いつつ、竜二はその作り方を教えてくれるように頼むと、兄貴もそんなものは知らない。知らないが、外国で起きた事件を解説していたテレビではインターネットで調べられると言っていたぞという兄貴の言葉に、竜二はスマートホンで検索してみると、たくさんの情報が出てきた。
圧力鍋、火薬、作り方。そんなキーワード検索で出てきた情報を見ているうちに、ははぁ、兄貴はこれを作れっていってるわけだなと合点した。古物屋で圧力鍋を買い求め、材料を仕入れスマートホンと首ったけになってようやく夕べ作り上げた。
「タマは入っているな?」
「は? タマ? え、ええ。あのつぶつぶの……」
「火薬も入れたか?」
「ええ、もちろんで。カヤクを入れないことにははじまりませんぜ」
「そうか。では、今日の午後これを持って球技場へ行け。午後からサッカーの国際親善試合がはじまる。そこにそっと置いてくるんだ。わかったか」
「親善試合? そこに置いてくる? でも、兄貴、それって誰でも入れるんで?」
「心配するな。ここにチケットを用意している。これで中に入って、そう、真ん中の来賓ボックスのあたりにな、仕掛けるんだ。世の中ひっくり返るぞ、うひひひ」
「はぁ……行けばいいんですね、球技場に」
竜二は圧力鍋を大きめの鞄に入れて、その他の道具も一緒に詰めて球技場に向かった。親善試合はたいしたものらしく、すでに人がいっぱいで、なんでも国内外の高官も観戦しにやっていているという。
「えらい人だなぁ」
思いながら入口ゲートを通過した竜二は再び合点した。球技場の中にも売店はあってホットドッグやサンドイッチを売っているが、さほど美味そうなものはない。好天の下、はじまる試合に盛り上がる観覧席。竜二はベンチ席に座って、バッグの中身を確認した。なるほど、兄貴はやっぱりいい人だなぁ。俺にこんな試合のチケットをプレゼントしてくれるなんて。俺がサッカー好きだと知っていたんだ。ここで飯を食いながらゆっくり観戦しろということなんだな。ついでに周りの客にもおすそ分けできる分量を俺に持たせて。
竜二はゆっくりと圧力鍋の蓋を明け、美味そうな醤油の香りを吸い込んだ。バッグに入れてきたしゃもじと茶碗を取り出して、準備に取り掛かった。
それにしても昨夜はちょっと苦労した。俺、飯など炊いたことないのに。こんなことさせるなんて。鍋の中ではもう冷めてはいるが、美味しそうなかやくご飯(五目炊き込み飯)が竜二に食べられるのをまだかまだかと待っているのだった。
了
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