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第七百九十六話 今昔家電 [妖精譚]

 十年間使ってきたマイコン炊飯釜が壊れたのをきっかけに、うちではご飯を鍋で炊くようになった。電器炊飯釜を購入するお金がない、ということもないではないが、むしろ近頃の世間の潮流としてガスで炊くというのが浮上しているからだ。

  電気釜でも近頃は炭炊釜とか土鍋とかを取り入れた高価なものが出ているのだが、それは昔ながらの土鍋炊きとか炭火炊きがいいものだということを証明してい るようなものだ。実際、火を使って鍋で炊いた方が早く炊けるし、別に炭火じゃなくても結構おいしくご飯が炊けるのだ。ただ、ちょっと目を離すと焦げてしま うという難点はあるにしろ、それだって昔は「おこげ」と称しておいしくいただいたものだ。

  こんな話を買い物帰りに出会ったご近所の奥さん にいうと、なにを今頃と笑われた。かのお宅ではずいぶん前から土鍋でおいしくご飯を炊いているという。どんな鍋かというと、これも最近話題の長谷園とかい うお茶漬けみたいな名前の窯元のものだそうだ。私もぜひそれを買おうと思っているが、その窯元のは結構お高くて、もっと安いものでもいいのかなと探してい るところなのだ。

 土鍋の話に夢中になっているところに、もう一人の仲良しさんが合流した。この奥さんもなかなかのこだわり派で、やっぱり土鍋で炊いているという。その上、いまはご飯だけではないらしい。

「あら、あなた遅れているわね。うちなんて、もうずいぶん前から洗濯機なんて使っていないのよ」

 どうやら全自動洗濯機はドラム式に進化したものを使っていたそうだが、洗い上がりが気に入らずに手洗いをすることが増えてきたそのうちに、まったく洗濯機は使わなくなったそうだ。

「手洗いの方がね、それはきれいに洗えるし、なによりも生地が傷まないのよ。いまは手洗いの時代よ」

 底に現れた四人目の主婦。

「まぁ、みなさんお揃いで。あら、うちなんて冷蔵庫も使ってませんわよ。モノを冷やすのは、昔ながらの氷がいちばん。あと、井戸水ね。井戸水って侮れませんことよ」

 見ると、彼女は着物に割烹着姿。あれ。なんて前時代的な。そう思って振り向くとさっきまで高そうなワンピースだったはずの奥さんももんぺ姿に割烹着をつけている。

「家電三種の神器って知ってる? テレビ、洗濯機、冷蔵庫なんだって」

「まぁそう、そうなの。それって戦後の話でしょ?」

「戦後? なに言ってるの、そんな昔じゃないわ。五十年代よ」

「五十年代って……いまは……」

「ほら、知ってる? もうすぐ原子力発電っていうのができるそうよ」

「原子力……」

「なんでもね、石炭や石油なんかよりずっと未来的な電気なんだって」

「へぇーっ。それって夢みたいな発電?」

 もんぺや着物姿になった奥さんたちの会話が夢のような幻のようなものに変わっているのを、私は呆然として聞いていた。なんで今頃三種の神器? 原子力発電ができるって……いつの話をしてるのよ。

「そのうち、鉄腕アトムみたいなロボットの時代がくるのかしらね、原子力で動くような」

 気がつくと私が着ていたカットソーも、いつの間にかサイケデリックな人絹織物のシャツに変わっていて、光化学スモッグに覆われた曇り空をぼんやり見上げながらご近所さんの話に耳を傾けていた。

                               了


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