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第七百九十二話 つめみがき [文学譚]

  猫を飼っている人ならわかるのだろうけれど、猫用グッズ に「つめみがき」というものがある。安価なものは段ボールを何枚も重ねて作られていて、ミルフィーユみたいに層を成した断裁面が露出している。その裏側に は猫が大好きなマタタビが刷り込まれているので、愛猫はつめみがきの上に乗って前足の爪を段ボールの断裁面でガリガリと研ぐ。そうすると、ソファや畳を猫 から救うことができるっていう仕組みなんだ。

 駅前のペットショップで猫のおやつと一緒に買ってきたつめみがきを見せながら、初めて猫の飼い主となった妙子に説明してみせた。

「だったらこれって、つめみがきって名前はおかしいよね」

 喫茶店の煮詰まったコーヒーを飲みながら聞いていた妙子が、カップをテーブルの上に置いてから言った。

「なんで?」

「だってさ、これで猫の爪がピッカピカになるわけじゃないでしょ? 伸びた爪の先が丸くなるってことなんでしょ?」

「まぁ、そうかな」

「だったらこれは。つめ丸くとか、そうねぇ、言っても爪研ぎっていうのが正しいんじゃないかしら?」

 なるほど。妙子の言う通りかもしれない。「爪研ぎ」というのをひらがなで表記しただれかが、「つめとぎ」ではなく 「つめみがき」と書いてしまったのかな。そう思った。

「爪磨きっていうのは、こういうのをいうのよ」

 妙子はバッグの中から小さな四角い物体を取り出して僕に見せた。マッチ箱くらいの大きさで四つの面がざらざらしたヤスリ状態になっているそれを、僕はテレビで見たことがある。

「これはね、爪の表面を軽くこすってやるだけでほら、ピカピカになるの。やってみて」

 僕は言われた通りに四角いそれを自分の爪に当ててこすってみた。すると、僕の爪は恥ずかしいくらいにピカピカになった。

「うわ。ほんとだ。なんだこれは」

「これがつめみがきっていうものなのよ」

 ぼくは完全に納得したのだが、妙子はまだ言葉をつないだ。

「でもね、こんなもの、なんの約にも立たないわ。ちょっとだけきれいに見えるだけ」

「それで充分なんじゃないの?」

「ま、普通の人はね」

「普通の人は?」

「猫だって、爪磨きじゃなくって爪研ぎが必要なように、人間だって爪を磨くんじゃなくって、爪を研ぐ方がうんと実用的よ」

「爪を研ぐ?」

「そうよ。何のために女が爪を伸ばしていると思ってるの? すべての女が爪を磨いてきれいにしているだけだと思ったら大間違いよ」

「お、お洒落じゃないのか?」

「伸ばした爪をきれいに整えて、先を尖らせる。保護剤で強化もするわ。そうしたらほら、こんなふうに」

 妙子はきれいなピンクで染まった指先を僕に差し出して見せた。よく見るとその爪先は薄く鋭利な具合に尖っていて、充分な凶器になりそうに思えた。妙子の唇に軽い笑みを浮かび、爪先がきらんと光った。

                            了


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