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第百五十一話 思い出してはいけない。 [怪奇譚]

 中流家庭に生まれ、堅実な母と寛大な父に育てられた私は、何一つ不自由なく人並

みに幸せに生きてきたことを、両親に感謝している。そうして、この度、めでたく結

婚式を終えて、ハネムーンの真っ最中だ。本当は海外に行きたかったのだけれども、

彼の仕事の都合がどうしてもうまく折り合わず、今回はとりあえず国内の近場で済ま

せ、海外は来年にでも時間をつくって行こうということになったのだ。

 今回の旅先は、私の両親の思い出の地でもあるという軽井沢の別荘地。彼と一緒な

ら別にどこでもよかったのだが、手頃な予算と日程がうまく合うところがここだった

のだ。宿は露天風呂もあるというペンションなので、二人でゆっくりしようと楽しみ

にしていた。

 結婚式が終わってすぐに新幹線に乗り、先ほど最寄りの駅に着いた。ここからタク

シーだと五分くらいだというのだが、急ぐ旅でもないし、ゆっくり歩いて行くことに

したのだ。

「疲れたんじゃない?」

「ううん。いい結婚式だったわね。」

「そうかい?それはよかった。僕は君の美しいドレス姿に夢中で…」

「まぁ、恥ずかしい。あなたのお友達、やっぱり可笑しいわ。楽しいスピーチだった!」

そんなことを話しながらいかにも別荘地らしい洒落た建物が並ぶ小路を歩いて行く。

すると、角を曲がったところに、他とは少し違った印象の洋館が見えた。私は、その

外観を見たとたん、なぜだか釘付けになった。

「?どうした?」

「・・・う、ううん。別に。ちょっと、このお屋敷変わってない?」

「変わってる…そうかなぁ?別に…あ、でもそういえばほかの建物よりも少し古くっ

て立派な感じかなぁ?」

「そうね、今流行のというよりは、なんだかヨーロッパに来たみたいな、なんかよく

わからないけれど妙に魅力的な感じがするわ。」

 なんだか後ろ髪を引かれるような思いでその建物を後にした。宿はそこから間もな

くだった。結婚式まで、準備やお仕事やらでなかなかゆっくり出来なかったので、二

人でのんびり過ごすのは本当に久しぶり。気持ちのいいペンションで、ワインをあけ

てゆっくりと食事をした後、露天の家族風呂を楽しみ、ベッドに入った。

 その夜、私は奇妙な夢を見た。今日見た、あの洋館が舞台になっていた。私はあそ

こに住んでいて、周りには女中さんやら執事やら、たくさん人がいて、その他にもゲ

ストがたくさんいた。何かのパーティーらしかった。自分の結婚式とダブってしまっ

ている。彼もいるし、友人の何人かの顔も見えた。だが、その他は知らない人ばかり

だった。驚いたことに、私の隣にいるのは今の彼氏ではなく、口ひげをたくわえた、

貴族のような男だった。そして私の中には、その洋館で暮らした日々が蘇っていた。

 翌朝目覚めた時、私はまだ夢の中にいるようだった。自分であって自分でない。そ

んな感じでほかに言いようがない。そう、私の中の”前世”が目覚めてしまったのだ。

この地で、あの洋館で、私は暮らしていた。とても裕福で、毎日派手な生活を送って

いた日々。あれはいつのことだったのだろう。大正から昭和にかけて。だが、私はす

べてを思い出したわけではない。あの洋館を初めて目にして、それが刺激となって、

その部分だけが蘇ってきたらしい。

 大正から昭和にかけて!では、前世の私はいつ亡くなったのだろう?どのようにし

て、どこで?そういう大事なことは覚えていない。

 彼が心配そうな顔をして私の顔を覗き込んででいる。

「どうした?変な夢でもみたの?」

「ううん。あ、いえ、そうなの。不思議な夢を・・・」

私は、前世であることは伏せて、夢の内容だけを話した。

「はっはっは。面白いね。結婚式とあの建物が混ざってしまったんだね。愉快愉快。」

無邪気に笑う彼を見つめて、私は、あの洋館をもう一度見たいと告げた。

「そうだね、別に取り立てて予定があるわけじゃないし、近いから行ってみよう。あ

そこには、誰か住んでいるのかな?ペンションの親父に聞いてみよう。」

 洋館には今は誰も住んでいなかった。隣人に頼めば、鍵を預かっているから中に入

れるかも知れないと、ペンションのオーナーが教えてくれた。

 私たちは気軽な服装に着替えて散歩がてらゆっくりとあの場所に向かった。洋館が

近づくにつれ、私の心は奇妙に震えて、無口になっていった。そして建物が見えると

やはり私はここに住んでいたと確信した。門扉が開いている。そぅっと鉄扉を押して

みるとギィーっと軽い音がして内側に開く。おそるおそる足を踏み入れる私たち。私

はさらに何かを思い出そうとしていた。鉄門から洋館の玄関に続く石畳の通路。コツ

コツと彼の革靴が響く。

 いけない!私の心が叫んだ。これ以上、中に入ってはダメ!何故?何故だかわから

ない。わからないけど、もうこれ以上深入りしてはいけないと私の前世が叫んでいる。

私が彼の腕をぎゅっとつかむと、おそるおそる歩を進めていた彼もびくっとして立ち

止まった。

「もう、いいわ。止めよう。なんだか怖いわ。」

そういった時には、もう遅かった。私の視線の先には、裏庭の地下室に続く鉄扉があ

り、その光景が過去の自分へとリンクしてしまったからだ。そこで起きたことをすっ

かり思い出してしまった私は気を失ってしまった。

 そう、その地下室の床は床ばりの一部が土間になっており、その下にはかつてこの

屋敷を仕切っていた主人が葬られていた。女主人である私の手にかけられて。

IMG_0364.JPG         了

 


タグ:前世
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