第百三十話 モンスター・サーファー。 [脳内譚]
達男は、十年前にパソコンを購入して以来、インターネットで世界中をサーフィン
して回ることを趣味として楽しんでいた。サーフィンというのは、webサーフィンのこ
とで、webサイトを次から次へと巡っていく行為を、wave(波)からwaveへと渡って
いく波乗りサーフィンに見立てて作られた言葉。達夫の場合は、それだけでは飽き足
らず、5年前から自分のブログを立ち上げて、そこを拠点にいろいろな人たちのブロ
グやホームページを閲覧するようになった。
この十年間の間に、お気に入りのブログもたくさんできたが、一方では消えていく
ブログも少なくない。会った事もない相手だが、ブログのコメント欄などでやり取り
をしているうちに気心が知れて親しい感じになったりするのだが、そういう人が突然
いなくなったり、ブログが消失してしまうと、驚くと同時に、とても寂しい気持ちに
なる。実際のご近所さんとは違うけれども、言ってみればインターネット上の村みた
いなものが出来、その中でお隣さんみたいな感覚になるからだ。
達夫が気に入っているブログのひとつに、作家さんが書いている「日常散歩」とい
うブログがある。ほぼ毎日閲覧に行き、時々何らかのコメントを残してくる。向こう
はマス相手の作家で、こちらは素人だから、ほとんどこちらからの一方的な書き込み
にしかすぎないのだが、たまにレスポンスしてくれると、とても嬉しい。それを励み
にまた閲覧し、書き込みにいくのだ。
ある日「日常散歩」を見にいくと、その日の記事に対するコメント欄に、はじめて
見る名前のコメントが書き込まれていた。
「作家さんのブログって、どんなにすごいのかと思ったら、ぜんぜん大したことない
わね。がっかりだわ。所詮作家なんてこんなレベルなのね。」
達夫はビックリした。世の中にこんな発言者がいるであろうことは想像していたが、
初めて目にしたからだ。それに、達夫が大好きな作家に対して、こんなことを言う人
間がいるなんて信じられなかった。当の本人は大人の判断でスルーしているようだが、
達夫は許せない気がした。とはいうものの騒ぎ立てるのも大人気ないので、同じコメ
ント欄にさらりとレスポンスコメントを書いた。
「ひゃぁ、びっくり。まるで傲慢な小学生みたいな大人っているものですね。最初は
ビックリしたけど、おもしろーい!ですネ。」
翌日、同じサイトページを見てまた驚いた。
「 あら。小学生みたいってどういうことかしらね。私はれっきとした大人、四十歳よ。
上から目線でバカにしないでね。なんか大変レベルの低い方もおられるのですね、この
作家先生のファンには。」
達夫はしまったと思う。こういう書き込みがくるかも知れないとは予測していたのに、
地雷を踏んだ気分だ。これ以上書き込むと、先生に迷惑かけてしまう。スルーしよう。
ところが、あくる日も、そのまた次の日も、そのページへの書き込みは続けられた。
いずれも同じ人間の書き込みで、ブログ主の先生や達夫のことを批難したり、挑発した
りする内容のコメントだった。世の中にはこういう執拗な人物がいるものだ。達夫は、
そういう怖ろしい人間を無意味に刺激してしまったのだ。先生、ごめんなさい・・・
そう思いながらも、さわらずにスルーしよう。きっと時間が解決すると信じた。
それから2週間、その行為は続いたが、ブログ主の先生は放置したままだった。達夫
もチェックするだけにしていたのだが、コメント欄は日々膨れ上がり、ブログの記事そ
のものよりもコメント欄のほうが大きいという事態になっていた。そして・・・
達夫は久々に自分のブログを書こうとして驚いた。あの怖ろしい人物の書き込みが達
夫のサイトにもあるのだ。
「何よ、卑怯者。人のところで大口を叩いておいてするーするなんて。ちゃんとレスし
なさいよ。臆病者。」
なんてことだ。達夫の頭の中に”炎上”という二語が浮かんで点滅した。まるでネット
上のストーカーだ。こういうのって、どこか相談出来るところはあるのだろうか?
本人に悪意があるのかないのかわからないが、顔が見えない、匿名性の高いインター
ネットでは、相手に遠慮なく自由に発言ができ、また時には攻撃もできる。web上のル
ールとして誹謗・中傷は禁止とされているが、それでも現実社会に比べると発言の敷居
も低く、一旦意見の食い違いが起きると、直に顔を知らない分だけ飛躍しやすく、文章
だけでのコミュニケーションの恐ろしさが露呈する。またよほどのことがない限り、表
ざたとして取り締まる術もない。こうして、”炎上”すなわち批難批判が殺到するという
現象が起きるらしい。
インターネット以前は、実社会しか住むところはなかった。ところが、この十数年で
インターネットが大きく成長し、バーチャルな、というよりは第二の実社会としての存
在と成りはじめた。その結果、インターネット上での争いや事件、果ては殺人や自殺ま
で起きてしまうという現在。誰でも人は架空社会の中で、現実社会以上に簡単にモンス
ターとなってしまう。達夫は身に染みてそう思った。
了
Facebook コメント
感想 0