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第百二十九話 十円だましい。 [妖精譚]

 大昔の人々は万物には神が宿ると考えていたという。あるいは、地域によっては、

この世にあるすべてのものには精霊が住んでいると考える人々もいた。科学の時代で

ある現代では、精霊はおろか、神の存在さえ誰も信じなくなってしまったが、しかし

大切にしている道具に、あたかも心があるように感じてしまうという経験はないだろ

うか?

 新車で購入して大切に乗ってきた愛車。3年間乗って、最初の車検が来るタイミン

グで新しい車に乗り換えるという人がいる。まだ三年しか乗っていない車だから、と

ても調子がよく、エンジンも快調に走っていたのに、次の車の購入手続きをしたとた

ん、街角でエンジンストップしてしまう。あんなに調子よかったのに!この話は、一

人の経験談ではない。何人もが同じことを体験している。

 大切に使っている万年筆。だけど、そろそろ有名ブランドの万年筆が欲しいなぁ、

なんて考えていたら、今まで調子よく使っていた万年筆が行方不明になってしまう。

 そのほかに、まるでその道具に意志があるかのように、モノがなくなったり、故障

したりする話は、誰もがひとつくらい持っているのではないだろうか?

 

 私はどこにでもいるサラリーマン。週五日間は出勤し、事務仕事で給料をもらって

いる。それほど高給取りではないから、高級車も持っていないし、仕事はすべてパソ

コンだから万年筆も使わない。毎日家と会社を往復する生活で、ほとんどお金を使う

ことすらない。通勤は定期券を支給されているし、昼食も愛妻弁当持参だから、本当

にお金を使う機会は少ないのだ。ただ、事務所に設置されている缶コーヒーの自動販

売機は重宝している。季節によって暑いコーヒーも冷たいコーヒーも、コインひとつ

で好きなときに飲めるのはありがたい。事務屋にとって、飲み物は大切なのだ。まし

て、うちの自販機は、すべて旧料金で販売されていて、100円玉ワンコインで買え

るというのもありがたい。百円玉さえあれば・・・なくても千円でお釣りは来るが

・・・何不自由なく生きていけるのだ。

 ところがある日、なにかの理由で駅の売店で缶コーヒーを買った。百円ではなか

った。千円払うと、百円玉のほかに8枚も十円玉が帰ってきた。私はこういう小銭

が嫌いなのだ。財布の中がジャラジャラになる。その割には十円ぽっちで買えるも

のなんて世の中にほとんどない。だからこういうことがある度に、十円玉を邪険に

扱ってきた。この日も、「チッ。失敗した。会社で買えばよかった!」私は重たく

なった財布を忌々しく思いながら、売店横にあった募金箱に、十円玉を放り込んだ。

「二度と私の財布に戻ってくるな!」と言いながら。

 不思議なことに、それ以来俺私の財布に十円玉が入ることはなくなった。最初は

気がつかなかったが、はたと気がつくと、そうなっていたのである。そういえば長

いこと十円玉を見ていないなぁ。もとより自分でお金を払う機会も少ないから、一

層気がつかなかった。

 そんなある日、会社の自動販売機の料金が突然上がった。今まで百円で買えてい

たものが、百十円になってしまったのだ。内心嫌な感じになったなぁと思っていた

が、値上がりしてしまったのだから仕方ない。私はいつものように百円を投入して

から、ああそうかと気がついて、もう一枚百円玉を入れて缶コーヒーのボタンを押

した。すると、”釣銭切れ”の表示ランプが点灯して百円玉が二枚戻ってきた。えー!?

釣銭切れ?当然ながら私の財布の中に十円玉はない。したがってこの日は遂に缶コ

ーヒーを買うことができなかった。

 その後も、電車の切符を購入しなければならなくなったり、タクシーに乗ったり、

コンビニで電池を買ったり、いつになく財布を開くことが急にできた。ところが十円

玉がないために、お釣りがなかったり、お釣りをもらい損ねたり、お釣りがないため

に買えなかったり、ことごとくトラブルが起きた。

 ここではじめて私は気がついた。「十円玉に祟られている?!」そうとでも考えな

ければ、ここまで十円玉に困窮させられることがあるはずない。その後、仕方なく一

円玉十枚や五円玉二枚を代用したりしてしのいでいたが、自販機だけは一円玉や五円

玉は使えない。やはり困ってしまうことに変わりはなかった。そこで、自宅近くの神

社を参ってお払いをしてもらった。十円玉の神様がいるのかどうかわからないし、聞

いたこともないが、とにかく「十円玉さま、どうかこれまでの私の仕業をおゆるしく

ださい。これからは感謝して十円玉を使用させていただきますので、どうか、どうか

・・・」

 翌日、私の財布には真新しい十円玉が一枚やってきた。

 IMG_4329.JPG        了


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感想 2

(。・_・。)2k

絶対あるよね こういうことって(^^)
by (。・_・。)2k (2011-06-03 15:54) 

momokumi

ありそうで、ありそうですね(笑)
by momokumi (2011-06-03 22:03) 

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