第百二十七話 バレエ大相撲。 [可笑譚]
1876年、ボリショイ劇場の依頼によりロシアにてバレエ”SwanLake”が生まれ
た。チャイコフスキー初のバレエ楽曲。初演当時は諸事情に恵まれず、評価を得られ
なかったが、後にチャイコフスキーの死後再演されて好評を博した。私は、後にも先
にも白鳥をこれほどまでに美しく描いたバレエは見たことがない。
2011年、日本の国技大相撲を擁する角界は、八百長問題に大いに荒れていた。
問題表出から約半年を経て、自粛していた大相撲は徐々に再開されるが、なかなか負
のイメージを払拭できないでいた。
谷町三郎は、うだつの上がらないクラシック作曲家だが、幼少のみぎりから父親の
影響で大の相撲ファンである。その三郎は、この角界の問題にやきもきしていた。
「八百長だなんて、いまさらいいじゃないか。何があろうと、強い力士は強いんだ。
八百長で金儲けを考えるやつなんて、自然淘汰されていくんだから、みんな大騒ぎ
するんじゃない。」居酒屋に行ってはそんなことを相手かまわず吠えていたのだが、
何しろ大好きな相撲中継がいつまでたっても再開されないのが何よりも不満だった
のだ。そんなさなかに、偶然テレビで放映されていたバレエ白鳥の湖が目に入った
三郎の頭の中で「ピーン!」と音がした。
そうだ、大相撲をモチーフにバレエを作ろう。それによって角界のダークイメー
ジを払拭するんだ。それに、貧乏作曲家の俺だって世間に一矢報いることができる
に違いない。これは当たるぞ!
アーティストというものは、一旦思い込んだらそこから離れることができない。
もはや冷静に考える力を失った三郎は、翌日から早速新しいバレエの作曲に取り組
むとともに、あらすじを構成して脚本を依頼した。序奏:食欲の悪魔に取り付かれた
少年北島太は、類稀なる肉体の持ち主に変貌してしまう。
第一幕:角界。さまざまな取り組みが展開されていくが、スーパースターの不在によ
り、いまひとつ盛り上がらない大相撲。年寄りたちが大いに困り、他の格闘技界から
のハンティングをしようと考える。しかし、レスリングも柔道も、ボクシングも指相
撲も、どの競技会からも賛同を得られず失意に落ちる。ただ一人活躍する若き横綱黒
鳳は、 年寄りたちの希望を一人背負って相撲の湖に出かける。
第二幕:相撲の湖。そのほとりでは少年相撲大会が行なわれている。その中に一人輝
きを放つ少年北島太がいた。黒鳳はその姿を認めてほれ込んでしまう。だが、少年の
才能を認めようとしない父親が、少年の角界入りを阻止しようとする。黒鳳は少年と
約束する。次の大相撲に招待するからその才能を父親に見せてくれたら父親を説得し
ようと。
第三幕:大相撲特別場所。北島少年がやってくるが、父親が仕込んだ別の少年力士大
野強が現れる。ふたりは熾烈の戦いを繰り広げ、危うく北島少年に土が付きそうにな
るが、秘儀燕返し技で土俵際を脱して、逆転、大野強を倒す。大団円。太は父の許し
を得てめでたく角界入り。同時にいい勝負を見せた大野強も角界入り。大相撲界は、
同時に二人の若き力士を得て、未来の光に向かって走り出す・・・
三郎は、出来上がってきたスクリプトを読んで満足そうに微笑んだ。これは面白
い!必ずいける。だが、三郎は、これがバレエであることを忘れていた。プリマド
ンナはどこに?それはさておき、男性ダンサーにしても、力士並の肉体を持った人
間がいるのだろうか?仮にいたとしてもこんな素晴らしい作品を踊れるのだろうか
・・・?何より、出来上がったデブばかりのバレエを、いったい誰が見に来るのだ
ろうか?
しかしそこは物語りだ。三郎は力士の話しだけに力技でダンサーを集めた。往年
の引退力士。日本中の少年力士。ダンス界のデブ。街のただのデブ。ありとあらゆ
るデブの中から踊れる人材を選び抜いて、さらに訓練を重ねて初演にまでこぎつけ
た。
本日はバレエ大相撲「北島の湖」の初演だ。場所はなんと国技館・・・想像して
ください。デブばかりが踊る相撲版「白鳥の湖」のすばらしさを。
了
Facebook コメント
カエルにも見えるし、〇〇〇〇にも見えますよね。^^
by vientre-dolor (2011-06-03 00:41)
え?そこですか?
by momokumi (2011-06-03 09:19)