第百二十話 エスケイプCo.Ltd。 [空想譚]
百年に一度の世界不況といわれるリーマン・ショック以来、仕事がないのである。
今までお付き合いのあった取引先でさえ、営業訪問しても丁寧に出迎えてくれはす
るものの、必ず手ぶらで返されてしまうのである。新規開拓なんてとんでもない。
以前に増して門前払いだ。
長い間、機械部品の営業活動を行なってきた私は、ここにきて完全に歩留り状態
になってしまった。モノが売れない。成績が上がらない。上司からは何をしてると怒
鳴られる。さっさと営業してこいと指導される。得意先は受け入れてくれない。モノ
が売れない。会社に帰れない・・・こうなるともう、営業時間内の居場所がないので
ある。朝出社したら、即営業には出かけるが、得意先近くの喫茶でモーニング。しば
らくぷらぷらしてから街頭で弁当を買ってきて公園で昼食を摂る。昼食後も公園に留
まってベンチで昼寝をする。ブルルッと肌寒さを感じて目を覚ますと、まだ２時間も
過ぎていない。しかたなくまた公園をぷらぷら散歩する・・・これではまるでリスト
ラされてプー太郎しているホームレスと同じではないか。
公園の緑の木々が風に揺れている。土鳩がクルルクルルと言いながら散歩している。
雀たちが楽しそうに飛び回っている。ベンチの上で空を見上げながら、不覚にも涙が
こぼれそうになった。
こう仕事がなくては、本当にリストラされるのも時間の問題かもな。そんなことよ
り会社事体の業績が悪すぎて、潰れてしまうかも。いったいどうなるんだろう、オレ
は。会社は大丈夫なんだろうか？こんなことでは生きている甲斐がないなぁ。今リス
トラなんてされちゃったら、マンションのローンはどうするんだ？カミさんは泣くだ
ろうなぁ・・・いやいや、あいつは怒って出て行くな、きっと。
今まで、仕事なんて大嫌いだ、休みたい！と思い続けていたけれど、そんでサボっ
てばかりいたけど、仕事がこんなに愛しく思えるなんて。オレの中で仕事がこんなに
大きな場所をとっているとは思わなかった。ああ、もう、このまま消えてしまいたい。
Brrrrrrr!会社支給の携帯電話が震えた。と思ったが、違った。ポケットに入れてい
ると、バイブが鳴っているように感じることがあるのだ。BrrBrrBrr!今度は本当に鳴
った。メールだ。誰からだろう？
会社からではなかった。誰からかもわからなかった。また、たちの悪い迷惑メール
なのか？一応開いてみると、地図が表示された。この公園の近くである。どうせ暇だ
し、時間潰しにちょうどいいや。そう思って地図が案内する場所に向かってみること
にした。
公園から十分と歩かずにそのビルに着いた。意外にも新しい立派なビルだった。エ
ントランスのフロア案内にはそうそうたる企業名が並んでいる。その十階部分に、メ
ールと同じ社名が表示されていた。ESCAPE Co.Ltd。エスケイプ？なんだ？Escape
・・・”逃げる”って変わった名前だな。そう思いながら一応エレベーターで十階まで
上がってみることにした。
エレベーターを降りると、長い廊下があって、その先にESCAPEというプレートの
ついた鉄の扉があった。ノックをしてみるが、応答はない。 そっと扉を開いてみた。
・・・と、ドアのすぐ向こうは怖ろしく真っ暗。遠く離れたところに、明るく光を放
つ扉が見えた。
ははぁん、あそこが本当の入り口だな。そう思って暗がりの中へ一歩踏み出した。
が、そこには床がなかった。オレは、全体重を踏み出してしまっていたので、暗闇の
奈落へまっ逆さまに落ちていった。
「まさか、そこまで悩んでいたとはねぇ。」
「確かにヤツはリストラのリストに上がっていたそうだ。だけど、そうなったとして
も、何も死ぬことはなかったろうに。」
「奥さんは若いし、まだ子供も小さいのに。」
「マンションも買ったばかりだったって。」
「ん？じゃぁ、あれだな。団体保険に入ってるはずだから、マンションのローンは救
済されるな。言い方悪いけど、奥さんバンザイだな。」
「ほら、あの喪服姿の奥さん。号泣してるけれど、時々、子供に向かって笑いかける
あの顔。すっごい嬉しそうじゃね？」
了
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ご訪問＆nice! ありがとうございました。
by vientre-dolor (2011-05-25 16:28)
Vientre-dolorさん、こちらこそありがとうございます。
by momokumi (2011-05-25 18:32)
時世ですよね～
これから半年もっと厳しいんだろうな～
by (。・_・。)２ｋ (2011-05-26 06:31)
(。・_・。)２ｋさま、ありがとうございます。
震災は予定外でしたね。景気回復に向かっていたのに・・・
by momokumi (2011-05-26 10:59)