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第八十五話 元気が出るおまじない。 [可笑譚]

 岡田葉は、夢見がちな少女だった。夢見がちというと可愛く聞こえるが、要するに小

さな頃から妄想家だったというわけだ。美しい色の花を見つけるとぼんやりと眺め続

けて、小さな頭の中では一面の花埋もれている自分を想像していたり、蝶々を見ると

ティンカーベルみたいな妖精に話しかけていた。感性が豊かな子供だったといえるが、

親から見れば、いつもぼんやりしている一風変わった心配の種だった。

 大人になってからは幾分まともになったのだが、それでもいつもいろんな妄想を浮

かべていて、絵本作家になりたかったのだが、紆余曲折の末、ライターという職業で

食べている。最初は小さなタウン誌の編集室に所属していたのだが、もっといろんな

本にかかわりたいと考えてフリーになった。だが、フリーというのは一層厳しく、本ど

ころかまともな雑誌の仕事を求めるのが精一杯な日々を送っているのだ。

 ファンタジーな世界に生きていると、平和な日々を送っているように思われるだろう

が、こういう種類の人間は、ちょっと間違えるとダークサイドに入ってしまう。常に気

持が落ち込んで、妖精世界ではなく、悪夢ばかりを妄想ずるようになってしまう。今

の葉がまさしくそれで、仕事がうまく回らないということもあってか、何もかも悪い方

にとらえてしまう。病魔に襲われるのではないかとか、死神が近くに来ているとか、

貧乏神に取り付かれているのではないかとか、ひとつ間違えるとこれはもうパラノイ

アになってしまう。幸い、今のところは気分変調症程度で済んでいるが、重たい気

分に毎日悩まされ続けているのだ。

 あるとき、気分転換に聞いていたラジオのキャスターが面白いことを伝えていた。

近頃の社会は何かとストレスが多くて、どんな社会でもメンタルヘルス系の悩みを

抱えている人が増えているという話題から、そんな人を元気にする魔法があるとい

うのだ。それはとっても簡単なことで、右手を高く天に突き上げながら、「ヤッホー!」

と叫んで飛び上がれ、というものだ。椅子に座っていても、「ヤッホー!」とそのまま

飛び上がる。そうすると、それまで鬱々としていた気分も嘘のように晴れるという。誰

でも気分が落ち込んでいるときにじーっと頭を抱え込んでいると、ますます深みに

落ち込んでいくが、身体をうんと明るく動かすと、精神は身体についてくるという。早

い話が、「ヤホー!」と飛び上がりながら暗い顔ができる人はいないというのだ。

 葉もそれを聞いてなるほどと納得して、早速実践してみた。確かに、ズーンと重た

い気分が霧が晴れるように消えていく。なるほど、これは「使えるな。フィジカルで

メンタルを引き上げる魔法ということなんだな。

 それから度々「ヤッホー!」と時には大声で、時にはこっそりと、右手を振りかざし

て飛び上がる葉の姿があった。なんとなくどんよりしていた葉も、最近は少し明るく

なってきたように見える。

 その日も、朝の目覚めが悪く、いつになくどんよりとした気分でいた。だが、仕事の

付き合いで行かなければならないところがあった。お仕事関係なので、シックな黒い

ワンピウースを着て、正午過ぎに現地に着いた。葉だけではなく、そこに集まった皆

が暗い雰囲気で、葉はますます気分が落ち込んでいく。ああ、いやだいやだ。明るく

振舞わなければ。そうだ、あれをやろう。みんなにも元気を分けてあげられるかもし

れない。葉は椅子に座ったまま右手をあげて飛び上がった。「ヤッホー!」

 南妙法蓮華経南妙法蓮華経・・・南。しめやかに行われていた告別式で上げられ

た思わぬ奇声に、坊主の読経が中断した。


                          了


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