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第六十四話 二人だけのオフ会。 [可笑譚]

 今でこそ携帯電話で簡単にメールのやり取りをしているが、あの頃は携帯電話などま

だ世の中に広まっていなくて、パソコンでメールをしていると言えば、かなり進んだ人

種だと言えた。洋もそんな人種のひとりなんだが、メールどころか、自作の写真を掲載

するホームページを運営していた。きわめて個人的な日記のようなホームページだから

見る人は少ないながらも、幾人かは決まって覗きに来てくれる人もいた。
199910都井岬7.JPG
 広子もそのひとりで、彼女の場合は必ず見た印のようなメールをよこした。見た印の

ようなというのは、感想とかいうのではなく、短いメッセージとともに、洋が掲載した

写真を見て書き起こしたらしいポエムが送られてきたのだ。その内容はいかにも乙女チ

ックで、どんな愛らしい女性なんだろうかと思わせた。洋はそのような女っぽい女性は

少し苦手だったが、書いてくる詩そのものはかわいらしかったし、どんな女性なんだろ

うと少なからず興味を持った。その日送られてきたメールはこんなものだった。

こんにちは洋さん。すてきな写真ですね。でもちょっと寂しげで…洋さんの心の中なの

でしょうか……

少し翳りのある空には

あなたの翳りを少しでも明るくしたいと

白い白い雲たちが

一生懸命に浮かんでいます。

迷い込んできたそよかな風が

まるで雲たちの気持ちを応援するみたいに、

おいでおいでとほかの白い雲を呼んでいる。

おーい、おーい、と水平線のヨットから

黄色い光が差してるよ。

うふふ、下手な詩ですね。じゃぁ、また見に来ますね。

 こんな感じだから、どう返事を書けばいいのやら戸惑ってしまうではありませんか。

毎回、どう返事をしたらいいものやらと迷ったあげく、おおよそ「いつもメールをあり

がとうございます。またがんばっていい写真を撮りますね。」というくらいの返事しか

書けなかったのだが、このときは、思い切って「一度逢ってみませんか?」と大胆にも

誘いのメールを送ってしまった。それまでのやりとりで、割合近いところに住んでいる

ことがわかっていたので、前々回のメールあたりから、逢ってみるのも悪くないと思っ

ていたのだ。返事はすぐに返ってきて、早速その週末に逢ってみることになった。

 メールでしかやり取りをしていない顔も知らない人物と出会うのは、ワクワクする気

持ちも正直あったけれどもちょっぴり怖い気もした。だけど、相手は乙女チックな女の

子なんだし、どんな美人がやってくるのだろうと思うと、むしろワクワク感の方が大き

く膨らんだ。

 週末はすぐにやってきた。約束通り車で指定した場所に出向き、彼女を待った。お互

いの住まいの中間あたりにあるR山をドライブする予定なのだ。待ち合わせの駅前には、

幸い人は少なく、ピンクのスプリングコートを来てくると言った彼女の姿はすぐにわか

った。

 彼女の姿は想像とはあまりにもかけ離れていたので、驚くことさえできなかった。可

憐な乙女は、まぎれもない男性だった。

「ごめんなさいね。なんだか騙したみたいで。でも、前もってこんなこと言うと、来て

くれないかもしれないでしょ?だから、逢ってからお話ししようと思って…。」

「あ、ああ…そうだね。大丈夫だよ。あなたはあなたなんだから。でも…広子さん…は、

男性ですよね?でも女性の衣服が好きなんだ?」

「ええ、女装が好きっていうんじゃなくって、これが私、本当の私なんです。普段から

こんな感じなんです。でも、男っぽい顔が釣り合いとれてないですよね…?」

 車を走らせながら、お互いのことを話したが、主には広子…広司のカミングアウトを

聞くような会話となった。しばらく自分のことを言い訳するかのようにしゃべり続けて

いた広子が、今度は洋に矛先を向けた。

「だけど、洋さんって…あたし、男の人だと思ってた。だって、そういうこと何一つ書

いてらっしゃらないし、お写真も割と男性っぽいなって勝手に思ってたから。でも、女

の方でよかった、私ね、男性よりも女性の方が安心できるから。これからも変わりなく

お付き合いしてくださいね。」

 それから30分ほどドライブした後、山頂でコーヒーを飲んで、またドライブして山を

下りて広子いや広司を駅まで送った。ホームページを介してのやり取りは、それからも

しばらくは続いていたが、洋の仕事先の環境変化などが重なって、ホームページもほど

なく閉鎖し、それきりとなった。その後広子はどうしているのか。私、洋は相変わらず

男性顔負けのやり手セールスとして仕事を続けているが。

                         了


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