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第九百九十一話 寝っ転がってかく [可笑譚]

 テレビというもののせいなのかどうか、はっきりとはわからないのだが、気がついてみるとリビングのソファの上で寝転がっている。三人掛けのソファはひと一人の胴体を横たえて両側にある肘起きのひとつに頭を持たせかけ、もう片側には足首あたりを乗せるのにちょうどいいのだ。頭はいささか急な角度で折れ曲がりがちであるがそれはもう慣れてしまった。足先は胴体より少し高いところに持ち上げることによって血流が心臓に帰りやすくなるのでいいという記事をなにかで読んだことがある。テレビのせいかわからないと書いたが、たいていはなにかの番組や映画がつけっぱなしになっているけれども、必ずしも見ていないし、場合によってはスイッチを入れていないこともあるからだ。いずれにしてもソファのこの位置がわたしの定位置になっていて、用事がないときはここで過ごしている。

 怠惰な性格は当然ながら怠惰な生活態度を形成するもので、いったん横になってしまうとなかなか起き上がることができない。だからソファの横に背の低いテーブルを置いて、飲み物や書籍、タブレットなど必要なものをそろえて置いてある。手を伸ばせばおおかた満足できるというセッティングだ。

 だが、横になってしまうとまず眠気が襲ってくる。睡眠不足なわけではないけれども習性というものだろう。本を手にしても数行のうちに瞼が落ちてくる。眠気がくると体温が上がるらしいが、体温が上がるから眠くなるという逆の説もあるようだ。体温が上がると身体のここそこが痒くなる。ぽりぽりと無意識のうちに尻を掻く。寝っ転がって掻く。床の上では愛犬も同じようにして後ろ足で身体を掻いているのを見ると、ああ自分もこ奴と同じ動物なんだと妙に感心する。少しアレルギー体質な私の皮膚は過剰に反応して掻いたところが赤くなっていっそう痒くなる。痒くなりながら眠気に呑まれて転寝をする。

 十分くらいなのか一時間ほど過ぎたのか、そもそも睡眠不足なわけではないからすぐに目が覚める。夕方の転寝というものはとても気持ちがいいものだが、目覚めたときについ寝ぼけてしまうことがある。これがとても不思議な感覚だ。夜なのか朝なのか、光の具合が奇妙に感じて、一瞬、起きて仕事に行かなければと思い、次にはなんだここはどこだベッドじゃないじゃないかと気がつき、いまは夜なのか朝なのかと混乱する。しばらくしてようやく、ああ居眠りしてたと気がつく。

 ソファの反対側にベランダがあって大きな窓があるのだが、目隠しにしているブラインドが開いたままになっている。ベランダの向こう側は広い道路を隔ててこちらと同じくらいのマンションが建っているのだが、同じ階同士だと少し大声で話せばコミュニケーションできそうな距離だ。向こうのベランダに人が立つと、こっちの様子がまるわかりになってしまう。だからいつもブラインドで目隠ししているのだけれども、今日に限って閉め忘れている。窓の向こうを見ると人影があって、どうやらだらしない姿を見られてしまったようだ。外から帰ってきて上着どころかシャツまで脱ぎ捨てて横たわり居眠りしてしまった私のあられもない姿。大通りを隔てた視線にどのように映ったのか想像するだけで血が逆流しそうだ。私は寝っ転がって、それだけで恥をかいてしまったようだ。

 寝っ転がって恥をかいたことを悔やんでもしかたがない。テーブルに手を伸ばしてタブレットをつかむ。ほんの少し前まで手書きだったものがワープロになり、パソコンになり、それでもまだ机の上でモノを書いていたのが、スマートフォンやタブレットという最新機器が登場したおかげで、机を離れても読書以外のさまざまな知的活動ができるようになった。たとえばなにか文章を書くということも、背筋を伸ばさなくてもできる。一説によると、手書きで書く文章とパソコンで書く文章では違ったものになるというのだが、こうして寝っ転がって書くというのはどんなものなのだろう。当然ながら上体を起こしているのと横たわっているのとでは脳への血の巡りも違うだろうし、気持ちの入り方も違うだろうとは思うのだが、私自身は自分の頭の中で起きていることになんら変わりはないのではないかと思っている。

 あと十話分で終わってしまうというこのタイミングでこのようなことを話題にするのはどうかと思うけれども、こういう普通のことを書いてみたかったので書いている。これが小説といえるのか、いやいやこれはエッセイだ、いや駄文だと、意見は分かれるところであるが、萩原アンナや高橋源一郎のような立派な書き手でも駄洒落やコメディを書いていることを思えば、こんなものを書いてみるのも面白いかな、しかも寝っ転がって、と思うのである。

 寝っ転がって書いていると、やはり多少の弊害はある。またしても眠気がくるのだ。自分で書きながら眠いなんていうのはいかに駄文であるかを証明しているようなものではあるが、眠いのだからしかたがない。タブレットを膝のあたりに角度をつけて置いているから膝が曲がっている。つまり立膝状態で居眠りをする。こうした場合、ありがちなのが眠っている間に膝が落ちるという現象だ。眠っていて膝が落ちたりすると、心地よく見ている夢の中で崖から落ちるという経験をして目が覚めたりするものだ。カクッ! 寝っ転がってカクッ! ああ、びっくりした。

 どんなオチかと思ったらこんなオチって。読んでるあなたにとっては、よしもと芸人じゃないけれども、まさに寝っ転がってカクッ! なことだとは思う。

                                           了


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