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第九百七十四話 お腹からの声を聞け [文学譚]

 視聴者の身の回りにある面白い出来事や体験が投稿される番組が好きで、毎回見ている。いつだったか、女子高生からの「お腹が鳴って困る」という投稿を番組出演者が確かめにいくというのがあった。

 静かに授業が進められている教室で「ぐるるる」とか「ぐにょろ」とかお腹から音がするというのだ。実際にお腹のあたりにマイクを近づけるとそんな音がしていた。だが、お腹の音というものは案外自分以外には聞こえていないものだ。自分の身体が伝導体となって聴覚器官までとどくから聞こえるお腹の音が、身体の外に出て空気伝導で伝わる場合、非常に小さな音になるのだろう。現に少女のすぐ近くに座っている他の生徒にはかすかに聞こえていたが、離れた席の者にはなにひとつ聞こえていなかった。しかし、少女のお腹の中では確実に、しかも頻繁に小さな音が鳴り続けているのがおかしかった。

 この番組を見ながら腹を抱えて笑っていたわたしだが、そんなにおかしかったのには理由がある。実はわたしにも同じ悩みがあるのだ。わたしのお腹もしょっちゅうなにか音を出している。近くにいた友人などに聞こえて「あら? お腹減った?」とか、「いまの、お腹の音よね」とか、結構気を遣って対処してくれるのでいつも申し訳なく思っている。ところが最近になって男友達ができ、その彼と非常に近い距離で過ごすようになると事態が変化した。

「ぎゅるるるる」

 おい、またお腹が鳴ったね。これは、腹が減ったっていう合図だろ? 際歩はそんな感じだった。しかし、ランチを終えて店を出てからもわたしのお腹は音を鳴らした。

「ぎゃんぎゃどぁりびゃん」

「なんだよう、いまの音。すっごい変な音。お前まだ原減ってるのか?」

 わたしはお腹いっぱいよと答えたが、お腹は別の音を出した。

「どぁりびゃんびゃっべぎぃっだ」

「おいおい、お前のお腹、なってるんじゃなくってしゃべってるんじゃないのか?」

「どぁりびゃんびゃっ」

 よく聞くと「割り勘かよ」って聞こえるのだ。

「おいおい、割り勘で悪かったな。でも俺、今日は金ねえんだよう」

 それからもただの腹の虫と思わずにしっかりと聞いていると、わたしのお腹は意味のある言葉を発しているようだった。

「なんかつまんないなぁ、おもしろいいことないの?」

「彼のこと、好きだけど、なんだかいまいち……」

「今日の授業はいつも以上に眠い」

「こいつうっざー」

「くっせー」

 注意して耳を傾けるとそんな風に聞こえるのだが、内臓を経て伝わってくるので「ぐろろろ」とか「びゅぎぎぎ」とか濁音が混じって聞き取りにくくなっているのだ。しかしいずれもおおむね不満っぽい内容で、わたしの口からは決して出さないような内容ばかりだった。つまり、わたし自身も気づいていない本音の言葉がお腹から発せられているのだった。

 まずい。ただの音ならまだしも、わたしの本音が漏れている。これまで腹の虫が鳴るのは恥ずかしいなというレベルの悩みだったのに、いまは違う。心の声が漏れるとなれば、ますます他人には聞かせられない。わたしは考えた。どうしたらいいのだろう。一昼夜考えている間も、お腹の声は止まなかった。そうだ。遂にわたしは気がついた。これが最良の方法に違いない。そしてわたしはそれを実行した。

「ねぇ、あんた。お腹のあんた。ちょっとわたしと話し合わない? 本音で」

                                                  了


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